宇宙航空研究開発機構(JAXA)は10月28日、宇宙開発利用部会の調査・安全小委員会にて、イプシロン6号機の打ち上げ失敗原因に関する調査状況を報告した。前回(18日)の報告では、姿勢異常を引き起こした原因として3つの要因まで絞り込めていたが、その後の調査により、この中の2つにまで特定が進んだという。

参考:イプシロン6号機の姿勢異常は第2段RCSが原因と特定、JAXAが調査状況を報告

問題が起きたのはパイロ弁か供給配管か

同月12日に打ち上げたイプシロン6号機は、飛行中、第3段を分離する前に、姿勢異常を検出。これは約21°という大きな誤差で、このまま飛行を継続しても衛星の軌道投入はできないため、指令破壊の信号を送出した。この姿勢異常の原因として、第2段RCSの片側が機能していなかったことを突き止めた、というのが前回の報告の内容である。

  • 第2段RCSの概要

    第2段RCSの概要。両側面に2系統のモジュールが搭載されている (C)JAXA

RCSの役割は、姿勢を制御することである。イプシロンの第2段には、両側面(±Y側)にRCSのモジュールを搭載。それぞれ4基、合計8基のスラスタを備え、組み合わせを変えつつ噴射することで、3軸の姿勢を制御することができる。第2段の燃焼中は、ロール軸のみ制御し、燃焼前と燃焼後には、3軸全ての制御を担っている。

前回、この第2段RCSが原因であったことが分かったが、それを裏付けるため、JAXAはコンピュータ上でシミュレーションを実施。第2段RCSの+Y側が機能したケースと機能しなかったケースを実際のフライトデータと比較し、後者の方が良く一致していることから、+Y側の推力がほぼゼロであったことは、さらに確実となった。

  • 青線が実際のフライト結果

    青線が実際のフライト結果。オレンジ色の推力ゼロ時と、傾向が良く一致している (C)JAXA

前回は、フライトデータに基づき、FTA(故障の木解析)による要因の絞り込みを行ったところ、以下の3つが可能性として残った。

  1. PSDBスイッチ下流~パイロ弁までの系統異常
  2. パイロ弁の開動作不良
  3. 推進薬(燃料)供給配管の閉塞

今回は、さらに製造・検査データによる洗い出しを実施。図面、製造記録、試験データ、写真などを確認したほか、作業者へのヒアリングなども行い、上記(1)の可能性を排除、要因を(2)か(3)の2つに絞り込んだ。

  • 製造・検査データにより、要因をさらに深掘りした

    製造・検査データにより、要因をさらに深掘りした (C)JAXA

(2)のパイロ弁は、燃料の“元栓”として機能するものだ。射場では安全のため閉じておき、打ち上げ後に信号を送って開く。パイロ弁は火工品によって作動するため、動作は一度きり。一度開けば戻すことはできないが、打ち上げ後に閉じる必要は無いし、火工品には信頼性の高さという最大のメリットがある。

パイロ弁では、2段階の点火を行う。まずイニシエータに電流を流して点火。その火炎が内部を伝わり、次にブースターを点火。発生したガスでラムを押し出し、配管を塞いでいる仕切り板を打ち抜く仕組みだ。なおイニシエータは冗長構成になっており、どちらか一方が点火すれば、問題無く作動するはずだ。

  • パイロ弁の構造と動作の原理

    パイロ弁の構造と動作の原理。イニシエータは2重化されている (C)JAXA

パイロ弁は、イニシエータ、PCA(ブースターを含む)、バルブ本体という3つのパーツに分かれており、それぞれについて検証。いずれも製造不良についてはまだ調査中で結果は出ていないものの、フライト中に損傷した可能性は否定。異常は今のところ見つかっていないのだが、保管不良、点検不良、組み付け不良などが可能性として残った。

  • パイロ弁を組み付ける流れ

    パイロ弁を組み付ける流れ。漏れ防止用にOリングが使われている (C)JAXA

(3)の配管の閉塞について、氷結の可能性は温度データから否定され、コンタミ(異物)の可能性も消えた。燃料(液体)と押しガス(気体)を分離するためのゴム膜であるダイアフラムが変形して配管を塞いだ可能性と、パイロ弁の中で配管が閉塞した可能性については、どちらもまだ確認中のため、要因として残った。

ただ、ダイアフラムが変形して、タンクの出口側を塞ぐというのは、噴射前で燃料が満タンであったことからも、破損でもなければやや考えにくい。火工品は電流さえ流せば確実に作動する信頼性の高い部品のはずではあるが、パイロ弁のどこかで問題が起きた可能性がより高まったと言えるのではないだろうか。

第2段RCSの設計は強化型でなぜ変わった?

このパイロ弁について、もう少し詳しく見ていこう。

イプシロンの製造・組み立てにおいて、パイロ弁のバルブ本体は、部品・コンポーネント業者から、RCS担当メーカーへ輸送。配管に溶接し、工場で燃料を充填してから、射場へと輸送する。イニシエータとPCAは、射場に納入して保管。打ち上げ前に、イニシエータとPCAを結合し、それをバルブ本体に組み付ける流れだ。

  • 部品レベルで見たパイロ弁の組み立てプロセス

    部品レベルで見たパイロ弁の組み立てプロセス (C)JAXA

火工品は一発物であり、フライト品での動作テストはできないため(動作させたらもう使えなくなってしまう)、射場での組み立て時には、電気的な点検で健全性の確認を行う。では、どうやって、本当に動作するかということを保証できるのか。ここで使われるのが、ロット保証という考え方である。

もし、ある部品の品質に問題が見つかった場合、同一のロット、つまり一緒に作られた部品にも、問題が見つかる可能性が高い。逆に、同一ロットの部品をいくつか抜き取って検査して問題なければ、ほかの部品も大丈夫だろうと判断できる。確率的に見逃す可能性も無いとは言えないが、火工品のような一発物では現実的な手法だ。

イプシロンでは、4号機~6号機で同一ロットのパイロ弁を使っており、納入時に抜き取りで点火や動作を試験していたという。ただ、少し気になるのは、4号機の打ち上げは2019年1月だったので、それからすると、少なくとも4年くらいは射場で保管していたということだ。

委員からも、経年変化に関する質問が出ていたが、JAXAによれば、パイロ弁には保管寿命が設定されており、その範囲内であったことは確認できているという。射場では、温度や湿度を管理して保管。火工品は金属膜で覆われており、湿度が内部の火薬に簡単には達しないような仕組みになっているとのこと。

なお、第2段RCSの設計は、初号機と2号機以降の強化型で変わっており、これについても補足説明があった。主な変更場所は2点。1つは、燃料タンク内部の気体/液体の分離に使われるゴム膜が、ブラダ式→ダイアフラム式になったこと。そしてもう1つは、パイロ弁の数が、4基→2基に削減されたことだ。

  • 第2段RCSの設計

    第2段RCSの設計。初号機と強化型で変更されていた (C)JAXA

ここで注目したいのは、パイロ弁の数の変化だ。前述のように、強化型のRCSモジュール(片側)では、イニシエータが2重化されたパイロ弁を1基搭載している。それに対し初号機では、イニシエータが1つのパイロ弁を2基並列で使用。つまり、初号機で冗長化されていたパイロ弁を、強化型では冗長を廃止した形となる。

この設計変更の経緯であるが、元々は、初号機も強化型と同じ構成で考えていたという。しかし開発の最終段階で、イニシエータの同時着火では不具合が出る恐れがあるというレポートをNASAが発表。時間差を付けて点火するには、電子機器側の設計変更が必要になるが、それをやっていると打ち上げに間に合わなくなる。

そこで初号機では、急遽、パイロ弁そのものを2重化することで対応。この構成であれば、各パイロ弁のイニシエータは1つなので、2つのパイロ弁のイニシエータを同時に点火しても問題はない。強化型で新しく開発した電子機器では、イニシエータの点火を1秒ずらすようにして、当初の設計に戻した、というわけだ。

パイロ弁は、動作しなければミッションの即失敗に繋がる非常にクリティカルな場所であるが、火工品によって作動するため、信頼性が高いと考えられている。JAXAによれば、これはシングル構成で使うのが一般的ということで、初号機で一時的に冗長化したことは、例外的な対応だったようだ。

ただ、まだパイロ弁が原因だと特定できたわけではないものの、もしそうであれば、初号機のような冗長構成であれば、今回の失敗を防げていた可能性もある。今後、残された同一ロットのパイロ弁などの調査も進むと思われるが、ちょっと気になるところだ。

H3ロケット第2段RCSのパイロ弁は別製品

H3ロケットに関して、訂正が1つある。前回JAXAからは、H3の第2段RCSで使われるパイロ弁はイプシロンと同型という説明があったのだが、正しくは、「同じメーカーの別製品」とのこと。ただ、影響の有無については継続して確認を進める必要があり、年度内という打ち上げスケジュールへの影響はやや気がかりである。

  • H3ロケットの第2段RCS

    H3ロケットの第2段RCS。パイロ弁は同じようにシングル構成で使う (C)JAXA