常温常圧の温和な条件のもと、窒素ガス(N2)から窒素を含む有機化合物であるシアン酸イオンを直接合成することに成功した、と東京大学大学院工学系研究科の西林仁昭教授らの研究グループが発表した。モリブデン錯体を触媒に使った。医薬品やプラスチック原料などさまざまな有用物質を、省エネルギーで生産する反応法の開発が期待できるという。
窒素原子はタンパク質や核酸などの生体分子を構成するのに不可欠な元素だ。N2は空気中に豊富に存在するが、安定性が極めて高いためそのままでは利用できない。現在ではN2と水素を高温高圧下で反応させる「ハーバー・ボッシュ法」でアンモニアを合成し、そこから窒素を含む有機化合物を製造することが主流となっている。
研究グループは、マメ科植物に共生する根粒菌などが持つニトロゲナーゼという酵素に着目した。この酵素は常温常圧でN2をアンモニアに変える能力がある。同グループはモリブデン錯体と還元剤のヨウ化サマリウムを併用すると、N2と水からニトロゲナーゼのようにアンモニアを作れることを2019年に明らかにしていた。
水素源(水)を炭素源に変えれば、N-H(Hは水素)結合を持つアンモニアの代わりに、N-C(Cは炭素)結合を持つ有機化合物ができるのではないかと考案。同じ触媒と還元剤を使ったところ、炭素源となる炭酸エステル誘導体をシアン酸イオンに変換できた。
シアン酸化合物は重要な有機合成原料だ。例えばシアン酸カリウムは炭酸カリウムと、アンモニアから合成される尿素をセ氏400度以上の高温で反応させ、世界で年間1万トン程度生産されている。ハーバー・ボッシュ法によるアンモニアを使う現行法に比べると、常温常圧による新手法は省エネ効果が非常に大きいといえる。
触媒のモリブデン錯体はモリブデンを含む同一平面の3方向から3つの配位原子が結合しており、ピンサー(はさみ)型配位子と呼ばれる。強い結合が可能になり、熱的安定性が高くなる。この場合、モリブデンは炭素原子と2つのリン原子に結合している。
研究グループには東京大学のほか、九州大学、大同大学の研究者らが加わっている。成果は英科学誌「ネイチャー・コミュニケーションズ」のオンライン速報版で24日(現地時間)に公開された。
関連記事 |