近年、有機ELディスプレイや有機太陽電池、有機トランジスタなど、有機デバイスの名前を目にする機会が増えている。従来の「ディスプレイ」「太陽電池」「トランジスタ」よりも薄型になったとの印象を持つ読者も多いだろう。

この記事では、有機デバイスに必要不可欠な材料「有機半導体」に注目し、有機半導体の性質や特徴を解説していく。その性質を知ることで、有機エレクトロニクスは従来製品よりも薄く出来る理由に迫ろうと思う。

  • ディスプレイなどの有機デバイスに不可欠な有機半導体がもつ性質や特徴とは

    ディスプレイなどの有機デバイスに不可欠な有機半導体がもつ性質や特徴とは

半導体の歴史

まず、半導体とは何かが分からなければ、新しく生まれた有機半導体がどう優れているのか理解することは難しいだろう。そのため、有機半導体について解説する前に、基本的なことから解説していこう。

半導体の歴史

半導体の誕生から現代に至るまでの歴史を簡単に振り返っていく。 半導体は、1947年のアメリカ・ベル研究所で、ジョン・バーディーンとウォルター・ブラッテンの手によって誕生した。当時材料として使われていたゲルマニウムもシリコン(ケイ素)も無機物なので、これらは無機半導体、無機トランジスタだと言える。

その誕生以降、半導体産業は発展を遂げ、今や産業のコメとまで呼ばれるようになった。半導体製造における原料の純度は上がり続け、工場での加工精度や歩留まりも大きく向上したが、技術上の限界に近付いていることもあり成長スピードはやがて落ち着くだろうとも予測されている。

そこで現在注目されているのが、無機物ではなく有機物で作る半導体である。有機物であれば、無機物とは異なる製造方法も試せる上、フレキシブルなデバイスの実現も可能になるという。また、環境への負荷低減も期待される。

有機半導体の歴史

有機半導体の歴史は、化学史のなかでも浅い方だ。有機物に電気が流れることが発見されたのは1950年代とごく最近のことで、それまでは有機化合物は絶縁体だと信じられてきた。有機化合物の導電性の発見から実用化に至るまでの研究開発には、日本人化学者の貢献も大きい。

1954年に赤松秀雄・井口洋夫・松永義夫によって発見された電気を通す有機化合物は、σ結合でなくπ結合に沿ってキャリアが移動していた。

その後も電気を流す有機化合物に関する研究は続けられ、白川英樹は1977年に、ヨウ素をドープしたポリアセチレンフィルムに電気が流れることを発見した。この業績により白川英樹は2000年のノーベル化学賞を受賞している。

  • 電気が流れる有機化合物を発見したことで、白川英樹は2000年にノーベル化学賞を受賞した

    電気が流れる有機化合物を発見したことで、白川英樹は2000年にノーベル化学賞を受賞した

有機半導体の大まかな分類と無機半導体との違い

有機半導体は、その分子サイズに応じて「低分子系半導体」「高分子系半導体」に分けられる。化学の世界では、分子を構成する原子の数が百個程度なら低分子、数千個のものを高分子と呼んでいる。

低分子系半導体は再結晶や昇華で簡単に純度を上げることができるが、分子が均一に並んだ結晶・薄膜を作ることは難しい。一方の高分子系半導体はその逆で、再現性よく均質な結晶や薄膜を作成できるが、高純度化や結晶化が難しい。

有機半導体材料が無機半導体材料に比べて優位な点は、溶液に半導体材料を溶かして塗布する手法を取れる点である。有機半導体内で比べると性能が高いのは低分子系半導体だが、低分子系有機半導体の性能は無機半導体の性能には遠く及ばない。

ゆえに溶液化可能な高分子系有機半導体材料が注目され、より性能の高い高分子有機半導体に関する研究が進められているのである。

有機半導体が無機半導体に比べて優れている点

改めて有機半導体が無機半導体に比べて優れている点をおさらいしよう。一般的に、有機半導体の方が有利だと言われている点は大きく分けて3つある。

1点目はプロセス面。
高性能な集積回路を作る上で欠かせない技術が微細加工だ。無機半導体では微細加工技術がかなり発展しており、原子数百個分の細かさで加工できる技術が生まれている。しかしながら無機半導体の加工には高い加工技術が必要で、工程数も多い。工程数が多いと、作業時間が長くなるだけでなく、歩留まりが下がる原因になったり必要な装置が多かったりと、工業的に不利になる。

一方で、有機半導体であれば液体に溶かすことができるので、インクジェットプリンターのように「吹きかける」だけで簡単に複雑な模様を描くことが可能となる。

また、無機半導体の製造プロセスでは500℃以上の高温プロセスが必要となるが、有機半導体なら200℃以下、場合によっては100℃以下で十分だ。熱に弱いフィルムやプラスチック基板と組み合わせたデバイス作りも夢ではない。

2点目は、分子設計の自由さだ。
有機化合物なら、目的に合わせて置換基をつけることも、ベンゼン環の長さを変えることもできる。少しずつ設計を変えた有機半導体を合成し、溶かしやすさや成膜のしやすさに代表されるプロセス上の条件と半導体としての性能を比較し、ベストな半導体を作り出すことも可能なのだ。

3点目は無機半導体にはない柔軟さだ。
有機半導体は、1つ1つの分子が「前ならえ」したような弱いπ結合で繋がっていて、集団行動が自由にその隊列を変えられるように、有機半導体の膜も丸めたり折り曲げたりできる。四角く平たい形しかなかったディスプレイも、有機半導体で作ればまったく新しいフレキシブルなデバイスになることが期待されている。

有機半導体が無機半導体に及ばない要素

利点の多い有機半導体だが、無機半導体には及ばない点もいくつか存在する。

無機半導体に比べて圧倒的に負けているのが性能だ。半導体の分野ではその性能を「キャリア移動度」という言葉で表す。

無機半導体の移動度は370~13,800cm2/Vsあたりだが、有機半導体では、筆者が知る限り最大でも100cm2/Vs未満だ。日々研究が行われているため最高記録は更新され続けているが、それでも無機半導体の値に近づくにはまだしばらくかかるに違いない。

ただし、ディスプレイや電子タグ、ICカードなどであれば10cm2/Vs以下の移動度でも動かせるため、これらの分野で有機デバイスは実用化され始めている。

また性能の他にも、有機半導体は安定性に課題が残っている。光や水、空気に弱い分子もあり取り扱いが難しい上、有機化合物の中には発がん性を持つものもあるため、性能だけに注目して分子設計をデザインするわけにもいかない。

有機半導体の用途

すでにいくつか例を出したが、最後に有機半導体の使われているデバイスと、今後実用化が期待される用途をいくつか紹介して、締めくくるとする。

有機半導体がすでに実用化されているもの

有機半導体が使われた最も身近なデバイスといえば、有機ELディスプレイだろう。有機ELディスプレイが従来の液晶ディスプレイよりも薄いのは、有機半導体自体が光る性質を持っているからだ。従来は必要だったカラーフィルタやバックライトが不要になるため、デバイス全体を薄くできるのだ。

近年登場している「折り曲げられるスマートフォン」や「側面が湾曲したディスプレイ」にも有機半導体が使われている。無機半導体とは違って、柔らかくて曲げられる有機半導体を使うからこそ実現できた付加価値だといえるだろう。

今後も技術開発が進み、山折り谷折りの両方ができるスマートフォンや、ポケットサイズに折りたためるタブレットが登場することも期待される。

  • 画面ごと折りたためるスマートフォンなど、有機半導体を活用したデバイスの開発も進行している

    画面ごと折りたためるスマートフォンなど、有機半導体を活用したデバイスの開発も進行している

有機半導体を使ったデバイスの今後の展望

有機半導体を活用した製品として、今後は皮膚に直接貼り付けられるデバイスが登場すると予想されている。実用化されれば、皮膚に絆創膏を貼るのと同じ気軽さでデバイスを装着し、血圧や血中酸素濃度、心電などのバイタルデータを24時間負担なく測定できるようになる。

  • 皮膚に貼り付けることができ、バイタルデータを検出・表示するデバイスも開発されている

    皮膚に貼り付けることができ、バイタルデータを検出・表示する有機半導体デバイスも開発されている

実現した場合には測定機器をストレスなく装着し続けられるため、入院患者や高齢者向けの見守りセンサとしての利用も想定されている。すでに国内でも研究開発段階で成功しているとの報告があり、実現が待ち遠しいデバイスの1つだ。

さらに有機半導体は、コンビニやスーパーでの無人レジの発展にも一役買うだろう。薄くて安い使い捨てのセンサをすべての商品に貼り付けることができれば、払い忘れや万引きの防止になる。

現在のタグの価格では、1個あたりの利益が数十円程度のものに貼り付けるには高すぎるため、服などの単価の高いものには貼り付けられても、野菜や果物にまで応用するのは難しいという。しかし、大量生産が可能な有機デバイスなら、タグ1個あたりの価格を下げられるので、価格面の問題を解決できる。

まとめ

ここまで、有機デバイスの基礎となる有機半導体の歴史と性質、特徴について解説してきた。有機化合物に電気が流れることが発見されて50年以上が経ち、一部のデバイスではすでに無機半導体から有機半導体の置き換えも進んでいる。

有機半導体の利点は、プロセスが容易で安く大量生産できること、目的に合わせた自由な分子設計ができること、フレキシブルなデバイスが作れることである。性能・安定面では未だ無機半導体には及ばないが、研究開発が進められることで更なる発展が期待されている。従来にはない新しい付加価値のあるデバイスの登場が待ち遠しい。

主な参考文献

・有機半導体のデバイス物性 安達千波矢編 (講談社、初版発行2012年)
https://labchem-wako.fujifilm.com/jp/siyaku-blog/020862.html
https://www.chem-station.com/blog/2020/09/ke3.html
https://www.jst.go.jp/seika/bt119-120.html
https://www.nedo.go.jp/hyoukabu/articles/200906giga/index.html
https://nihon-polymer.co.jp/2021/02/19/2047/
https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/story/newsletter/keywords/16/04.html