宇宙航空研究開発機構(JAXA)は10月18日、宇宙開発利用部会の調査・安全小委員会にて、イプシロン6号機の打ち上げ失敗原因に関する調査状況を報告した。すでに、フライト中に姿勢の異常が起きていたことは分かっていたが、この1週間の調査によって、第2段のRCSの問題であったことが判明、その原因を3つにまで絞り込んだ。

参考:イプシロン6号機に何が起きた? フライト中の姿勢異常により指令破壊を実施

打ち上げの失敗原因が徐々に明らかに

イプシロン6号機は12日に打ち上げたものの、第3段の分離前に、姿勢異常を検出。衛星を軌道に投入できないことが判明したため、指令破壊の信号を送り、打ち上げに失敗していた。今回報告された内容によれば、第2段の燃焼終了までは正常だったものの、その後、姿勢の誤差が約21°にまで拡大していたという。

実際のフライトデータが下図である。このグラフは、目標姿勢からの誤差を表している。第1段の燃焼終了後、急に誤差が大きくなっているところがあるが(左の赤点線)、これは異常ではない。目標姿勢を変えたため、直後はそれが誤差としてグラフ上に表れただけだ。5号機も6号機も、その後、すぐに収束しているのが分かる。

  • 計測された姿勢角の誤差

    計測された姿勢角の誤差。5号機がオレンジ色、6号機が青色だ (C)JAXA

一方、第2段の燃焼終了後の動きは、明らかにおかしい(右の赤点線)。5号機がすぐに収束したのに対し、6号機は、3軸全てにおいて、収束どころか、誤差が逆に増大している。全く姿勢を制御できていない。

ここで何が起きたのか理解するためには、まず、第2段の姿勢制御方法を知っておく必要がある。第2段の姿勢制御は、(1)ノズルの向きを変える「TVC」、(2)8基のスラスタで構成する「RCS」、(3)第3段のためにロール回転を与える「スピンモーター」、という3つの装置が担っている。

  • イプシロンに搭載されている姿勢制御装置

    イプシロンに搭載されている姿勢制御装置 (C)JAXA

第2段は、燃焼中と、その前後で、姿勢制御の方式が異なる。燃焼中、その推力を利用して、ピッチ軸とヨー軸の制御を行うのがTVCだ。しかしTVCだけだとロール制御ができないため、そこはRCSが補助。燃焼前と燃焼後は推力が無く、当然、TVCによる2軸制御はできないので、このタイミングでは、RCSが3軸全ての制御を行っている。

  • 打ち上げ後のイプシロンの姿勢制御の流れ

    打ち上げ後のイプシロンの姿勢制御の流れ (C)JAXA

今回、問題が見つかったRCSは、第2段の後方に搭載されている。8基のスラスタを、下図の位置と向きで配置しており、2基のペアで噴射することで、3軸を制御することが可能だ。たとえば、ロール軸の場合、対角線上にある#1と#4、または#3と#6を噴射すれば、左右にロール回転させられるわけだ。

  • スラスタの配置

    右がスラスタの配置。噴射するスラスタの組み合わせを変え、3軸を制御する (C)JAXA

このRCSは、+Y側と-Y側の2系統が用意されている。しかし、フライトデータを確認したところ、このうちの+Y側のRCSが機能していなかったことが分かった。そのため、第2段の燃焼終了後、RCSが3軸制御を開始したものの、1系統だけではバランスを崩し、誤差を拡大することになってしまった。

+Y側のRCSが動かなかったことは、圧力データを見ると分かる。RCSは上流に窒素ガスで加圧された燃料タンクがあり、配管で下流側のスラスタと繋がっているのだが、その途中に、“元栓”ともいえるパイロ弁が挿入されている。

  • 第2段RCSの構成

    第2段RCSの構成。両系統それぞれに燃料タンクやパイロ弁がある (C)JAXA

このパイロ弁は、射場での安全のために設置されているものだ。RCSの燃料であるヒドラジンは、人体に有毒。射場で漏れ出さないよう、ここでしっかり閉じており、打ち上げ後に信号を送って開く仕組みになっている。

パイロ弁が開くと、下流側に燃料が流れ込む。このとき、上流側と下流側の圧力はほぼ同じになるはずで、実際に-Y側はそのようになっていたのだが、+Y側はほとんど変化が計測されなかった。つまり燃料がちゃんと来ていないということなので、この状態でスラスタの弁を開いても、推力は発生しない。

  • パイロ弁の点火信号を送ると、-Y側の圧力は上昇したが、+Y側は変化せず

    パイロ弁の点火信号を送ると、-Y側の圧力は上昇したが、+Y側は変化せず (C)JAXA

RCSによる3軸制御が終了したとき、目標姿勢からのズレは約21°になっていた。この状態のまま、シーケンス通りにスピンモーターに点火。ロール回転は正常に行われたが、当然、誤差は大きいままなので、ここで飛行を中断した。なお、この誤差について、5号機までの実績値は、0.1~0.5°だったそうだ。

  • スピンモーターの動作は正常に行われたが、姿勢誤差は維持されたままだった

    スピンモーターの動作は正常に行われたが、姿勢誤差は維持されたままだった (C)JAXA

なお、+Y側のRCSは、最初から動いていなかったはずだが、なぜ燃焼終了後までは姿勢が維持できていたのか。まず燃焼前の3軸制御フェーズは、もともとの外乱が小さかったため、姿勢制御がほとんど必要無かった。

燃焼中は、ロール制御だけを担うが、スラスタの配置を見ると分かるように、片側だけでも、不完全ながらロール制御は可能だ。片側だけだとロール軸まわり以外にもトルクを発生してしまうが、よりパワーの大きいTVCの制御でそれは押さえつけられるため、顕在化しなかったと考えられる。

第2段RCSはなぜ正常に機能しなかった?

第2段RCSで問題が起きていたのは確実となったが、では、その原因は何だったのか。原因究明の手段として一般的なFTA(故障の木解析)を実施したところ、可能性のある要因として、以下の3つまで絞り込むことができた。

  1. PSDBスイッチ下流~パイロ弁までの系統異常
  2. パイロ弁の開動作不良
  3. 推進薬(燃料)供給配管の閉塞
  • 圧力の異常について、FTAで要因を展開した結果、否定できない要因として3つが残った

    圧力の異常について、FTAで要因を展開した結果、否定できない要因として3つが残った (C)JAXA

まず(1)について見て行こう。パイロ弁の点火指令はOBCが出し、「電力シーケンス分配器」(PSDB)に伝達。内部のスイッチが動作し、この電力で、パイロ弁の火工品が点火する。PSDBは冗長構成になっており、まずPSDB2Aで点火電力を送り、その1秒後にPSDB2Bも電力を送る。どちらか一方が作動すれば、問題は無いはずだ。

この経路のうち、OBCからPSDBまでは、正しく信号が伝わったことが分かっている。PSDBから先の経路は、-Y側RCSの圧力が正常に上昇したことから、PSDB2A→-Y側パイロ弁は正常である。しかし、残りの3本の経路については、フライトデータではモニターしていないので、作動状況は判断できない。

  • 1と2は正常に動作

    1と2は正常に動作。3の赤い矢印(3本)は、データが無いので判断できない (C)JAXA

PSDBのリレーは、初の強化型となったイプシロン2号機において、機械式から半導体式に大きく変更されており、飛行実績は多くないものの、冗長化されているので、2台とも同時に壊れるというのは、普通ならちょっと考えにくい。ただ、フライトデータ上からは否定はできないため、可能性としては残る。

参考:もうすぐ打ち上げの強化型イプシロン、デザインに込められた想いとは?

次の(2)は、パイロ弁自体の問題である可能性だ。パイロ弁は、PSDBからの電力によって、まず「イニシエータ」に点火。その熱エネルギーが伝わり、さらに「ブースター」が点火し、発生したガスの力で「ラム」を下方へ押し出す。配管の仕切り板をラムが打ち抜くことで、流路が開通するようになっている。

  • パイロ弁の構造

    パイロ弁の構造。火工品を使うので、一度しか動作しない (C)JAXA

イニシエータは冗長化されており、それぞれ、PSDB2AとPSDB2Bに繋がっている。イニシエータやブースターのような火工品は信頼性が高く、電流さえ流せば確実に点火するはずなのだが、ラムや仕切り板は冗長になっていない。これも実際に動作したのかデータ上では判断できないため、可能性として残る。

最後の(3)は、パイロ弁は開いたものの、燃料の配管が詰まっていた、という可能性だ。閉塞の原因としては、一般的に、氷結やコンタミ(異物)が候補として考えられる。ただ、今回のように圧力が全く上昇しない場合は、配管が完全に閉塞する必要があり、これもちょっと考えにくいのだが、やはりデータが無いので可能性は否定できない。

以上は、実際のフライトデータから、分析できた結果である。JAXAは同時に、製造・検査データの検証も進めている。地上での各種データを洗い出し、工場や射場で何か特異性は無かったのか。それにより、今回明らかになった3つの要因を、さらに絞り込むことが期待できるだろう。

水平展開では気になる追加情報も

2022年度内の初打ち上げを目指し、現在、開発が大詰めを迎えているH3ロケット。この開発への影響が気になるところだが、11月上旬~中旬に実施するとしていた「実機型ステージ燃焼試験」(CFT)については、今回の姿勢異常と直接関係する部分ではないということで、予定通り行うという。

また、イプシロンSやH3での採用に向け、今回、飛行実証用に搭載されていた「冗長複合航法システム」(RINS)は、もともと第2段のスピンアップ前までのフライトデータで評価する予定だったという。評価に必要なフライトデータは良好に取得できており、今回の失敗の影響は特に無い模様だ。

ただ1つ、気になる情報は、H3の第2段RCSでも、イプシロンと同型のパイロ弁を使うことが判明したことだ。今回の原因は、まだパイロ弁と決まったわけではないものの、今後の調査結果次第では、大きな影響が出る恐れもある。今の段階ではまだ何とも言えないが、引き続き、注目していく必要があるだろう。