外の世界を見る特権を持つ、数少ないソビエト市民だった筆者
ロシアのウクライナ侵攻が続き、言論の自由に対して抑圧が高まる中、インターネットを使うすべての人に対し、フェイクニュースやプロパガンダがもたらす危険性について警告する必要性があります。
筆者は幼少期、アゼルバイジャン共和国バクーの狭苦しいアパートで育ちました。幼い頃からプロパガンダの一環として使われている歴史の教科書を読み、「偽情報(フェイクニュース)」を信じないよう教わりました。しかし子どもの私でも、住む地域を支配する帝国自体が虚偽により築かれていることは分かっていました。旧ソビエト連邦の外の広大な世界に思いをはせ、外の世界について学ぶたびに、驚嘆したものです。
その後、筆者はチェスの世界に足を踏み入れ、10年後、国際大会で初勝利を果たしました。大会遠征で国外を往来してからは、自身が、プロパガンダやフェイクニュースに惑わされることのない外の世界を見る特権を持つ、数少ないソビエト市民であることに気づきました。もちろん、秘密警察からは常に監視されていました。
1983年、ロンドンのチェス大会で初めて、家庭用PCを目にしました。筆者は大会の主催者にお願いし、PC1台を持ち帰りました。おそらく、バクー初の家庭用PCだったと思います。1986年にはアタリと契約し、その対価として53台の最新PCを手に入れました。これらをモスクワに持ち帰った筆者は、ソビエト連邦初となる、青少年コンピュータクラブを発足しました。
情報規制が敷かれているロシアの現状
こうしたツールを通して、前途有望な若者たちにも、より広い、真実の世界に思いを馳せてもらうことを望んでいたのです。この思惑は当初はうまくいったものの、インターネットの世界が真実のみならずフェイクニュースも拡散するようになった昨今、オンラインでプロパガンダも増加しています。
1999年にウラジーミル・プーチンがロシアの権限を掌握して以来、彼は市民の情報へのアクセスを規制するなど、ロシアを自由な世界から切り離しました。大半のロシア人の情報源であるテレビは、2008年まで完全な国家の統制下に置かれていました。
一方当時、インターネットへのアクセスはあまり規制されていませんでした。しかし、人権や社会への弾圧が続く中、ニュースサイトやSNSも監視下に置かれるようになり、筆者のニュースサイト「kasparov.ru」も2014年にブロックされました。
また、インターネット上での検閲だけではなく、プロパガンダも巧妙化しています。ロシアでは、数千人規模の人が数百件ものプロパガンダ・サイトを運営しています。アバストはロシア政府のオンライン活動を追跡しており、プロパガンダが最初はロシアで、次にロシア語圏で、そして現在では、世界中の多くの言語で拡散されていることを確認しています。
また、フェイクニュースのボットネットワーク、マルウェア工場、サイバー犯罪グループなども高度化していることがわかっています。SNSのコメント欄にて反体制派を罵り、フェイクニュースを拡散する「トロールファクトリー(荒らし工場)」も確認されています。
マルウェアやスパイ技術で自国民を縛る独裁国家
このような悪意のあるキャンペーンは、言論の自由をむしばみます。アバストは本年、各国のデジタルの自由度と一般消費者のサイバーセキュリティおよびプライバシーの相関関係を評価した「デジタル・ウェルビーイング(健全性)・レポート」を発表しました。
この調査から、民間の安全機構や公的規制が貧弱で、デジタル上での自由が制限されている国のインターネットユーザーの方が、オンラインでの自由度が高い国のユーザーよりサイバー攻撃に遭遇しやすい傾向にあることがわかりました。
独裁国家が何よりも恐れているのは自国民です。ロシアやサウジアラビアなどの国は、サイバー攻撃から自国民を保護するより、むしろ自国民に対してマルウェアやスパイ技術を使用し、オンラインでの自由を制限しているのです。
フェイクニュース飛び交う環境をどう打破すべきか?
このような状況の中、われわれには何ができるのでしょうか。
第一に、企業に対策を取るよう、圧力をかけなければいけません。プーチンが戦争を開始した後、多くの大企業がベラルーシとロシアでの事業を停止し、同時にウクライナでデジタル保護を拡大・強化しました。フェイクニュースも同様に、立場を明確に示すよう、促さなければいけません。
次に、情報の発信源が信頼できるものかどうかを確認することが重要です。情報を真に受ける前に、そのWebサイトの信憑性や偏りについて、考えてみましょう。さらに、正しい情報を周囲と共有することで、フェイクニュースの拡散を防止することができます。
大切なのは、嘘を増幅させないこと、真実を復唱し続けることです。あからさまな嘘やフェイクニュースでも、復唱することで、広まってしまいます。真実を守るためには、すべての人がインターネット上で責任ある「デジタル・シチズン」としてフェイクニュースを阻止するべきです。