Clarivate(クラリベイト)は9月21日、近い将来ノーベル賞を受賞する可能性の高い研究者が選出される「クラリベイト・アナリティクス引用栄誉賞」の2022年版を発表した。
同賞は、同社の学術文献引用データベース「Web of Science Core Collection」をもとに、論文がどの程度引用され、学術界にインパクトを与えたのかなどを考慮し、ノーベル賞クラスと目される研究者を選出するもの。これまで同賞の受賞者の中から64名が実際にノーベル賞を受賞している。
同賞はノーベル賞の科学系4賞(生理学・医学賞、物理学、化学、経済学)と同じカテゴリで構成されており、2002年以降、毎年9月に発表されてきた。
その選出方法は、2000回以上引用されている学術界に与えた影響が大きい論文(高インパクト論文)といった定量的な要素をベースに、研究への貢献度や他の賞の受賞歴、過去のノーベル賞から予想される注目領域などの定性的要素を含めて検討されるものとなっている。同社によると、引用回数2000回以上という数値は、1970年以降に発表された5500万件以上の論文の7600件程度(0.0137%)だという。
同賞は毎年最大36名(各分野3トピック×3名×4分野)が選出されるが、2022年は20名が選出され、その研究者の主要所属学術機関の国別内訳は米国が14名、日本が3名、2名が英国、1名がドイツとなっている。
選出された3名の日本人のうち、1名が医学・生理学部門での受賞となり、「筋萎縮性側索硬化症(ALS)および前頭側頭葉変性症(FTLD)の病理学的特徴であるTDP-43の同定、および神経変性疾患の研究への貢献」として東京都医学総合研究所の脳・神経科学研究分野 分野長と務める長谷川成人氏が表彰された。
また、残り2名は物理学分野の受賞で、「二次元材料の電子的挙動に関する研究に革命をもたらした、六方晶窒化ホウ素結晶の高純度化技術の開発」として、物質・材料研究機構(NIMS)フェロー、国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(MANA)拠点長の谷口尚氏、ならびにNIMS 機能性材料研究拠点電気・電子機能分野 電子セラミックスグループ主席研究員の渡邊賢司氏が表彰された。
医学・生理学部門での受賞となった研究テーマとなるTDP-43に関する論文は2006年に発表されたもの。前頭側頭葉が限局して変性する認知症疾患(Frontotemporal lobar degeneration:FTLD)の中に、タウ陰性ユビキチン陽性構造物が蓄積する疾患(FTLD-U)があることが知られていたが、その構成タンパク質は不明であったという。その構成タンパク質がTDP-43であることを突き止めたのが同氏の研究チームで、論文発表当時の2006年秋、ほんの少し前に同様にユビキチン陽性封入体(UbIs)を構成しているのがTDP-43であると報告していた米ペンシルベニア大学のVirginia Man-Yee Lee氏とともに受賞となった。
この発見の後、2008年に家族性および孤発性筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者にTDP-43遺伝子の変異が発見され、TDP-43の異常が神経変性を引き起こすことが遺伝学的に示され、ALS原因遺伝子(ALS10)として分類されたという。長谷川氏によると、TDP-43の発見により、ALS研究が進み、疾患概念も変化。病気の進行機序の理解も進んだとする。
また、「まだまだ克服すべき課題は多く、今後は難病ALS/FTLDを含めた神経変性疾患の治療法の開発に尽力したい」と同氏は今後の抱負を語っているほか、「自身のみならず、研究に理解を示し協力してくださった患者、その遺族、部検や診断に関わったすべての臨床、病理の先生に対して贈られる賞であり、共同研究者や研究の機会を提供してくれた新井哲明先生、池田研二先生、井原康夫先生、Michel Goedert先生にあらためて深謝申し上げます」と、多くの協力者の存在に感謝の言葉を述べている。
一方の物理学部門で受賞となった研究テーマとなる結晶合成は、ダイヤモンド単結晶ならびに立方晶窒化ホウ素単結晶の高純度化を目指した研究で、2004年に原料となるワイドバンドギャップの半導体である六方晶窒化ホウ素(hBN)の高純度化の過程で遠紫外線発光特性を報告している。hBNはグラフェンと構造が同じで、2010年にコロンビア大学の研究チームが、hBNの上にグラフェンを積層させることで、その原子層の品質が向上することを報告したことで注目を集め、現在までに25か国、300以上の研究グループにhBN結晶を提供、共著論文数は累計で1000を超す規模にまで至っているという(谷口氏、渡邊氏の集計)。
クラリベイトの集計では、2022年までの谷口氏および渡邊氏と外部研究機関との共著論文は1642報、52カ国721機関で確認されるとしているほか、2次元材料分野としてくくると、引用論文数は2万1000超となっており、中でも二硫化モリブデンやグラフェン分野で大きな存在感を示しているという。
こうした引用論文数の多さ、共著論文の多さなどを踏まえ、クラリベイトでは、「今までであれば、なかなか光があたるようなことが少なかった“材料”という分野だが、2次元材料分野の発展に貢献したことがデータからもうかがうことができ、それもノーベル賞受賞クラスのインパクトであり、日本発の発見ということも大きい」と今回の受賞背景を説明する。
なお、同賞はその年のノーベル賞受賞者を予測するものではなく、将来、ノーベル賞を受賞するだけの成果を挙げた研究者に授与されるものである。
2002年から2022年までの間、引用栄誉賞を受賞した日本人研究者は今回の長谷川氏、谷口氏、渡邊氏を含めると、合計で34名(故人含む)となっている。