東芝は、ゲート方式超伝導量子コンピュータの高速化および精度向上において重要な役割を果たす「可変結合器」の新たな構造として、「ダブルトランズモンカプラ」を考案したと発表した。

  • 超伝導量子コンピュータの概念図

    超伝導量子コンピュータの概念図 (出所:東芝)

東芝 フェローの後藤隼人氏は、「特許を出願し、米国では登録済みであるが、まだ、理論レベルの話であり、初期段階である。数値シミュレーションによると、24nsという短いゲート時間で、99.99%という世界最高クラスの精度でゲート操作が可能になる」などとした。

  • 東芝 フェローの後藤隼人氏

    東芝 フェローの後藤隼人氏

2022年度中に、ダブルトランズモンカプラの試作と実証実験を開始。オープンイノベーションを活用し、外部機関との連携も模索する考えだという。

東芝では、量子コンピュータ分野については、量子暗号通信や、独自の量子インスパイアド技術(疑似量子コンピュータ)を用いたシミュレーテッド分岐マシンの開発および事業化に取り組んでおり、ゲート方式量子コンピュータについては、小規模な研究活動に留めていた。「ゲート方式に関して、世界に負けないアイデアを大々的に発表するのは初めてのことになる。この発表をきっかけに今後の取り組みの発展に期待をしてほしい」と述べた。

同社では、「計算速度と精度の両面で世界最高レベルの性能の量子コンピュータの実現を目指す」としている。

可変結合器は、超伝導回路を活用したゲート型量子コンピュータにおいて、量子計算を行う2つの量子ビットをつなぐために用いられるデバイス。量子ビット間の結合をオン/オフすることで演算の実行と停止をスイッチングする。

従来は、結合強度が一定となり、コヒーレンス時間が長い「固定結合器」が主流だったが、最近では結合強度が調整可能な「可変結合器」の研究が進み、これが量子コンピュータの性能向上のキーデバイスとなっている。可変結合器では、強い結合による高速な2量子ビットゲートの実現と、結合をオフにすることで残留結合由来のエラーを低減できるという相反する条件を両立できるのが特徴だ。ゲート方式の量子コンピュータの開発に取り組んでいる主要3社が固定結合器から可変結合器に路線を変更していることからも主流になっていることがわかる。

東芝の後藤氏は、「超伝導量子コンピュータでは、量子ビットであるトランズモン量子ビットが標準的に用いられ、そのなかでも周波数が固定され、安定性が高い上に構造がシンプルで作りやすい周波数固定トランズモン量子ビットが望ましいとされてきた」としながら、「結合される2つの量子ビットの周波数が近い場合、結合をオフにすることはできても、量子ビットに照射した操作用電磁波が他方に伝わって生じるクロストークエラーが発生しやすい課題があった。その一方で、クロストークエラーを抑制できる周波数が大きく異なる2つの量子ビットを使用した場合には、結合を完全にオフにできず、残留結合によるエラーが発生してしまう課題があった。こうした課題を解決し、周波数が大きく異なる2 つの周波数固定トランズモン量子ビットに対しても、結合の完全なオフ状態を実現しながら、高速な2量子ビットゲート操作を実現できるのが、ダブルトランズモンカプラの特徴になる」とする。

今回発表したダブルトランズモンカプラと呼ぶ可変結合器は、周波数が大きく異なる2つの周波数固定トランズモン量子ビットを、結合を完全にオフにすることができ、また、高速に2量子ビットゲート操作ができるものであり、世界で初めて考案した構造だという。

ダブルトランズモンカプラは、2つの周波数固定トランズモン量子ビットで構成。両側に計算用の周波数固定トランズモン量子ビットがあり、中央のカプラとキャパシタを介してジョセフソン接合により結合している。

  • 今回考案した超伝導量子ビット間可変結合器「ダブルトランズモンカプラ」の回路図

    今回考案された超伝導量子ビット間可変結合器「ダブルトランズモンカプラ」の回路図 (出所:東芝)

ダブルトランズモンカプラが持つループ内の磁束を調整することにより、両側の量子ビット間の結合強度を厳密にゼロにすることができ、結合を完全にオフにできる。また、オンにして、磁束を増加させることで結合強度を数10MHz まで大きくすることができ、高速な2量子ビットゲートを実現できる。

「ダブルトランズモンカプラは、可変結合器の新たな構造であり、トランズモンを左右対称の形で結合した構造を持ち、700MHzもの差がある周波数が大きく、異なる量子ビット間の結合を完全にオンおよびオフにできる。また、完全にオンにすることで強い結合による高速な量子計算が実行でき、完全にオフにすることで残留結合によるエラーを低減することができる。課題となっていたトレードオフを解消できるものであり、世界初のものとなる。量子計算の計算速度と精度の向上に貢献できる」という。

可変結合器に望ましいとされる「統合を完全にオフにできる」、「高速な2量子ビットゲート操作を実行できる」、「特定周波数が大きく異なる周波数固定トランズモン量子ビットに適用可能」という条件をすべてクリアできることを強調する。

  • 「ダブルトランズモンカプラ」における結合強度の磁束依存性

    「ダブルトランズモンカプラ」における結合強度の磁束依存性 (出所:東芝)

東芝の後藤氏は、「目指しているのは量子コンピュータのCMOSである。古典コンピュータでは、異なる種類のトランジスタを組み合わせたダブルトランジスタ方式のCMOSが発明され、アイドリング時の電流をゼロにすることができ、低電力化を実現し、これが主流になっている。ダブルトランズモンカプラも、1つだけ利用されていたトランズモンを2つ組み合わせ、アイドリング時に結合がゼロになり、最も課題となっているエラーを減らすことが可能になっている。古典コンピュータでCMOSが標準になったように、量子コンピュータではダブルトランズモンカプラが標準になることを目指す。これにより、高性能な量子コンピュータ実現への道を拓き、多様な社会課題解決に貢献できる」と述べた。