目標の円内を狙い円形の石を滑らせる氷上の団体競技、カーリング。石を反時計回りに回転させると、直感とは逆に左に曲がっていく仕組みを、精密な画像解析を基に解明した。立教大学の研究者が発表した。石の底面の特定部分の微細な突起がリンクの氷に引っかかり、旋回が起きるため。100年近くにわたり、議論の的となってきた謎を解決したという。
石の進む方向の前側が氷と最もよく擦れる部分だと考えると、反時計回りの石は反作用の摩擦力を受けて右へと曲がっていくと、直感では考えがちだ。ところが実際には逆で、1924年以降、さまざまな仮説が立てられ議論が交わされてきた。物理学の観察対象としては単純なものだというが、検証に足る精密な実験データが技術的に得られてこなかった。なお、石の底面は中央が窪んでおり、縁のリング状の部分のみが氷に接触して滑っていく。
この謎をめぐってはこれまで(1)石の右側と左側で速さが異なり、速い方が摩擦熱で氷が解けて摩擦が弱まるためだとする「左右非対称説」、(2)何らかの理由で石の後ろ側の方が摩擦が大きいためだとする「前後非対称説」、(3)石の底面の微細な突起が氷のリンクに引っかかって振られる「旋回説」などが提唱されてきた。
そこで立教大学理学部の村田次郎教授(素粒子・原子核および重力物理学)は、極微の万有引力を検証するため独自開発した計測技術を活用。122回の投球の石の運動を撮影し、位置や角度を世界で初めてマイクロメートルの精度で計測して分析した。
その結果、(1)の左右非対称説と(3)の旋回説の組み合わせが、正しいことを突き止めた。石が左に曲がって進む場合、底面の縁の特定の部分が左側に来た時に、その部分のあちこちの微細な突起が氷に引っかかって食い込み、そこが支点となり、石の重心が振られて旋回が起きていた。この部分全体として摩擦が強まり、速度が落ちている。これに対し、石の反対側は氷とあまり接触しないため摩擦が弱く速度が高く、石全体としては左に曲がっていく。
動いている物にかかる摩擦力の比例定数「動摩擦係数」が一定ではなく、氷に対する石の速度が落ちるほど大きくなる性質を実測で確かめた。また、旋回の中心の位置の分布を調べ、摩擦は直感の通りに後ろよりも前の方が強く、(2)の前後非対称説の主張する現象が起きにくいことも分かった。
村田氏は「走っている人が左にある柱を左手でつかんだら、左に振られて曲がって進むだろう。それと同じ現象。98年間にわたり議論が続いた理由を説明すると話が複雑になるが、観察すれば小学生でも分かる簡単な話だ」と説明する。ブラシを使って曲がり具合を制御できる根拠や、停止直前の大きな旋回の仕組みなど、競技に新たな視点をもたらし得る成果という。
石は大きな音を立てながら振動して滑っていく。村田氏は「ミクロでみると、摩擦は1点ではなく離散的、つまり粒々のように分かれて生じている。摩擦力とは本来、多数回のミクロの衝突を平均化、単純化して扱いやすくしたマクロで統計的な概念。この研究はカーリングの理解にとどまらず、摩擦力を『本来は基礎的概念ではなく、統計量である』と再認識するものにもなった。本来は便宜的に導入した概念を、いつの間にか原理に格上げして混乱するという、科学でみられる過ちへの教訓ではないか」と指摘する。
成果は英科学誌「サイエンティフィックリポーツ」に3日掲載され、立教大学が5日に発表した。
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