理化学研究所(理研)は8月25日、同研究所和光地区の量子コンピュータ研究センター内にある光量子計算研究チームの研究施設をメディア向けに公開した。
同チームは、東京大学工学部教授の古澤明氏がチームリーダーを務め、量子テレポーテーション技術を活用した光量子コンピュータの研究開発を行っている。
古澤氏が研究を進める光量子コンピュータとは
理研の量子コンピュータ研究センターでは現在、超電導量子ビットやシリコンスピン量子ビットなど、さまざまな技術を用いた量子コンピュータの研究開発が行われている。
古澤氏はこれらの量子ビットを「従来の量子ビット」と説明する。超電導量子ビットやシリコンスピン量子ビットを使った量子コンピュータの課題として、振動が減衰する定在波を利用するため、振動の寿命の範囲内ですべての演算を終えなければならない点がある。また、定在波を活用した演算で多くの量子ビットを使用するには、空間的に多重化することで量子ビットを並べる必要があり、チップ化させる必要が生じるが、その難易度も非常に高いという。
一方で、光量子ビットを活用した量子コンピュータは、波形の寿命がない進行波を活用している。そのため、何度も量子テレポーテーションを繰り返して演算処理を行うことが可能になるという。また、時間的な多重化が可能になるため、チップ化による空間多重化の必要がないとのことだ。
古澤氏は、「光量子ビットは、ほかの量子ビットと性質が完全に異なる」と語る。
「今までの量子コンピュータは、使うために小型チップ化しなければいけないという呪縛があったが、光量子コンピュータはそこから解き放たれた。進行波の活用によって寿命の問題が解決し、チップ化も不要。特徴から見るに、光量子コンピュータはほかの量子コンピュータにと比較すると、パラダイムシフトのようなものだ」とする。
今年度内の本格稼働が目指される研究室を公開
今回公開されたのは、古澤氏が率いる光量子計算研究チームの研究スペース。かつては生物学研究の動物実験室として使用されていた空間を、量子光学実験室としての利用に向け1年かけてリフォームし、2022年3月31日に竣工したとのことで、現在は光量子コンピュータをはじめとする機材の搬入・設置などが進められている。
古澤氏は研究環境の構築にあたって「東大でできなかったことを理研でやる」というテーマを掲げ、細部にまで非常にこだわったと語る。
研究室内には、音が出る機材を設置するための防音室や、ノイズを遮断するための電磁シールド、室温を20℃±0.1℃に保つ恒温室が作られている。また今後は徹底的にノイズを除去したシールドルームを作る予定とのことで、接地抵抗についても10Ω以下まで低減させているという。シールドルームの完成は10月ごろを予定し、年度内の本格稼働開始を目指すとしている。
また、できるだけ高くするよう要望したという天井には、1つあたりの耐荷重が約300kgのアンカーが、碁盤の目状に約30cm間隔で打たれている。これにより重い計測器でも吊り下げることができるため、床上のスペースを広く保てる上、レイアウトの変更も容易だとしている。
「1番以外はビリと一緒」と語る古澤氏の決意
古澤氏は、定在波を利用した従来型の量子コンピュータ研究と光量子コンピュータの研究は、どちらも重要と考えているという。
「『量子コンピュータとは何か』を学び明らかにしていく上で、国産の量子コンピュータを持つことは極めて重要で、そのためには定在波型と進行波型の量子コンピュータ研究をどちらもやることが非常に重要だと考えている。
しかし実用化となると話は異なり、本物の量子コンピュータの開発に向けては、将来的には進行波型の量子コンピュータが定在波型から完全に置き換わると思う。その時には、定在波型を学んだ研究者たちが、進行波型の研究で重要な役割を担っているはずだ」とのことだ。
また、古澤氏は自らの研究について「ハードウェア面での高い参入障壁に守られているので、国内外のさまざまな相手に研究環境を公開でき、積極的に共同研究を行えるのが特徴」と語る。「イノベーションを起こすためには、異なる角度での見方が必要なので、そのために海外の相手にも研究環境を公開していく」という。
自身も「1番以外はビリと一緒」と語る光量子コンピュータ研究に向けて、古澤氏は「充実した環境があるので、あとは結果を出すだけ」と開発への決意をのぞかせた。