名古屋工業大学(名工大)、名古屋大学(名大)、住重アテックスの3者は9月5日、SiCパワー半導体を劣化させる結晶欠陥の拡張を、水素イオンの注入により抑制することに成功したと発表した。

同成果は、名工大大学院 工学研究科の加藤正史准教授、名大 未来材料・システム研究所の原田俊太准教授、住重アテックスの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。

SiCパワー半導体の価格が高い原因として、半導体素子を作るための基となるウェハが高価であることと、SiCパワーデバイスの長期信頼性を確保することが困難であることが挙げられている。この2つの課題のうち、前者はSiCウェハの大口径化により改善しつつあるが、後者についてはSiCウェハに存在する結晶欠陥に起因するため、根本的な解決が難しいとされている。

SiCの結晶欠陥の中でも、長期信頼性に悪影響を与えるものとして「積層欠陥」が知られている。SiCパワー半導体製のダイオードに電流を流すと、この積層欠陥が拡張する現象が起きてしまう現象で、「基底面転位」という転位が、2つの部分転位に分かれて運動し、その2つの距離が広がることによって拡張してしまうことが知られているが、この積層欠陥の拡張と、それに伴う電気抵抗の増大は「バイポーラ劣化」と呼ばれ、SiCパワー半導体の長期信頼性の課題となっているという。

SiCパワー半導体はエピタキシャル層(エピ層)と、その下の基板の2層構造を有するエピウェハを基に作られるが、基底面転位のほとんどは基板のみに存在するものの、積層欠陥としての拡張は基板からエピ層方向に進み、エピ層の電気抵抗を上昇させてしまう。そのため、基板の基底面転位が、部分転位に分かれてエピ層内部に入ってくる運動を止めることができれば、バイポーラ劣化の抑制を実現できると考えられてきた。

そこで研究チームは今回、加速エネルギーがMeV級のイオン加速器を用いて水素イオンを注入することにより、エピ/基板界面付近に水素および点欠陥を導入する研究の実施を決定。これにより部分転位に水素もしくは点欠陥を固着させ、その運動を止めることができると考察し、それに伴う積層欠陥の拡張抑制を狙うことにしたとする。

  • SiCエピウェハ断面構造の模式図

    SiCエピウェハ断面構造の模式図。(a)水素イオン注入なしの場合。(b)水素イオン注入ありの場合 (出所:名大プレスリリースPDF)