京都大学大学院農学研究科、筑波大学計算科学計算センター、国立科学博物館動物研究部、国立遺伝研究所らの研究グループが、光合成を止めた藻類の全ゲノム解読に成功した。

地球全体で行われる光合成のうち約20%に貢献するといわれる藻類。その中で光合成を止めた種は一体どのように生きながらえているのだろうか。今回は、そんな話題を取り上げたい。

同成果の詳細は、Science Advancesに掲載されている。

光合成とは、光エネルギーを細胞内で利用可能なエネルギーに変換する反応である。植物や藻類は、葉緑体で光合成を行い、得られたエネルギーでアミノ酸や脂肪酸、脂質など生きるために必要な物質を自ら生産している。

その一方で、進化の過程で光合成をやめた「元」植物や「元」藻類も数多く存在しているのも事実で、それらの多くは光合成をしない葉緑体を維持したままなのである。

最も研究されている「元」藻類として、ヒトのマラリア症の原因生物であるマラリア原虫が挙げられる。これはヒトに寄生し死に至らしめる生物だが、もともとは光合成を行っていたことがわかっている。

マラリア原虫をはじめ、いくつかの寄生性種の「元」植物や「元」藻類の全ゲノム解読がおこなわれ、寄生様式の解明や細胞機能の研究が進められてきた。

しかし、モノを食べるわけでもなく、寄生しているわけでもない「元」藻類が知られていた。

それはニッチア・プトリダという珪藻である。光合成を行わない種として1800年代からその存在が知られており、発見から100年以上たった現代でも、どのように海の中で生きているのかは謎のままだった。

そこで、京都大学らの研究グループは、寄生性でなく、環境中で自由に生活している「元」藻類の珪藻の一種であるニッチア・プトリダに着目し、全ゲノム解読を行ったのだ。

  • 光合成を止めた珪藻と代表的光合成種との関係図

    光合成を止めた珪藻と代表的光合成種との関係図(出典:京都大学プレスリリース)

今回研究グループは、培養したニッチア・プトリダを対象に、長い配列が読める手法と、読める配列は短いがより大量かつ正確に読める手法による塩基配列データを組み合わせることで、高品質なゲノム配列を得ることに成功した。

また、遺伝子転写産物を網羅的に解析した塩基配列情報を活用し、遺伝子領域を推定した。

これまで知られている光合成を止めた寄生性単細胞生物では、ゲノムサイズおよび遺伝子数の縮退が報告されていた。しかし、近縁な光合成性の珪藻と比較して、非光合成性のニッチア・プトリダはゲノムサイズも遺伝子数も縮退が認められなかったのである。

これまで報告されていた、光合成をやめた生物のゲノムサイズや遺伝子数の減少は、寄生性という生活様式のためで、光合成をやめた進化とは直接関係しないと考えられる。

ニッチア・プトリダのゲノム中には光合成色素であるクロロフィルなどの色素合成遺伝子や光合成に関わる遺伝子は検出されなかった。

しかし、葉緑体は光合成をやめたあとも細胞内に保持されており、アミノ酸や脂肪酸、脂質など細胞の生存に必須な多数の物質を合成していることも明らかとなった。

つまり、光合成をやめて光エネルギーが利用できなくなった後も、葉緑体がモノづくりの場として働いていることになる。

さらに、ニッチア・プトリダは葉緑体の役割だけでなく、細胞内での物質の移動ルートも変更していることがわかった。

  • 光合成をやめた珪藻細胞内での物質の流れ図。光合成をしないので、カルビン回路での二酸化炭素の固定は行われず、副産物の合成やそれをペルオキシソームに渡して解毒することはしていない

    光合成をやめた珪藻細胞内での物質の流れ図。光合成をしないので、カルビン回路での二酸化炭素の固定は行われず、副産物の合成やそれをペルオキシソームに渡して解毒はしていない(出典:京都大学)

これは、光合成を止めることが葉緑体の中だけの現象ではなく、細胞全体に影響するということを意味している。

また、細胞膜機能に着目したところ、細胞外からエネルギー源となる養分および細胞壁の材料であるシリカ※1を吸収するためのトランスポーター遺伝子や、細胞外で環境変動の認識や接着・物質分解に機能するタンパク質遺伝子は、光合成を止めたあと数が増えたり多様化したりしていることもわかった。

  • 細胞膜および細胞外で機能するタンパク質遺伝子の増加。シリカを取り込むトランスポーターと細胞外で多糖を分解する酵素の遺伝子の例示。遺伝子がゲノム中で横並びに増えたことがわかる

    細胞膜および細胞外で機能するタンパク質遺伝子の増加。シリカを取り込むトランスポーターと細胞外で多糖を分解する酵素の遺伝子の例示。遺伝子がゲノム中で横並びに増えたことがわかる(出典:京都大学)

光エネルギーを利用できない分、細胞外のエネルギー源や、その他の細胞の生存に必須となる物質の確保がしやすくなるように進化していると考えられる。

植物と動物の最も大きな違いの1つに光合成があるが、ニッチア・プトリダは光合成を止めても、動物のような生き方にはなっていない。研究グループは、ニッチア・プトリダは植物のようにアミノ酸や脂質など細胞の材料となる物質を作りながらエネルギー源となる周りの炭水化物を吸収するという、動物とも植物とも異なる性質を持っていると解釈できるとした。

また、マラリア原虫など光合成をやめた寄生性生物が、寄生相手からさまざまな物質を得ながら葉緑体でほとんどモノづくりをしていない特徴とは大きく異なることから、同研究によって生物進化の新たな方向性が見いだされたことになる。

葉緑体を持っていれば光合成をするのは当たり前だと思っていた人も多かったのではないだろうか。当たり前と思っていたことが、ふとした瞬間に当たり前でなくなる、そんなことがこんな身近で起こっていたなんて。いや、身近だからこそ、なのかもしれない。

文中注釈

※1:ガラスなどをつくる際にも使われる化学式SiO2で表される物質