次世代の超高速計算機「量子コンピューター」の根幹となる演算素子「2量子ビットゲート」で世界最速を達成した、と分子科学研究所(愛知県岡崎市)の大森賢治教授らの研究グループが発表した。2量子ビットゲートは、情報単位である「量子ビット」を2つ結びつけることで大幅な高速化が可能。実験ではこれまでの世界記録の2倍以上速い超高速に成功した。実用化までの技術的課題は多いとされている量子コンピューターの研究開発を前進させる突破口になると期待されている。
従来のコンピューターでは、電気信号である「0」か「1」の状態による2進法で数を保持して演算を行う。情報単位は「ビット」だ。これに対し量子コンピューターでは、原子や電子などの量子を使い、「量子を重ね合わせることができる」という波の性質を情報処理に応用する。そして「0」と「1」が重なり合って同時に存在する状態も表すことができる「量子ビット」を情報単位とする。
大森教授によると、従来のコンピューターではビットの値の「0」や「1」を足し算、掛け算して変換、計算する。この操作を「ゲート」と呼ぶ。量子コンピューターではビットの値が単純に「0」か「1」ではなく、この2つを重ね合わせ、混ぜ合わせた状態があるために複雑な変換が可能。この操作を「量子ゲート」と呼び、量子コンピューターの根幹となる演算素子になる。
ノイズの影響を極低温で排除
その量子ゲートには1つの量子ビットを操作する1量子ビットゲートと、2つの量子ビットの間に「量子のもつれ」という相関を生じさせる2量子ビットゲートがある。後者は前者より桁違いの高速化が可能になり、超高速計算が可能な量子コンピューターの源泉になるという。
量子ゲートの超高速計算は外部環境などによる「ノイズ」による影響をいかになくすかが最大の課題だった。大森教授らは、絶対零度近くに冷却した2個のルビジウム原子を並べ、1000億分の1秒(10ピコ秒)という「極超短時間」レーザー光を照射するという独自の手法を考案。新しい冷却原子型量子コンピューターのハードウエア開発にこぎつけた。
実験では2個のルビジウム原子を「光ピンセット」と呼ばれる、レーザー光をミクロンスケールの細さで集光する技術でつかみ、さらに極超短時間レーザー光照射をして1つの原子中の電子ともう一方の原子中の電子を6.5ナノ秒(ナノは10億分の1)で相互反応させる「超高速2量子ビットゲート」に成功した。
この相互反応は2個の原子の間で電子エネルギーが周期的に行き来する現象で、今回行き来した6.5ナノ秒は米グーグルが超伝導型ハードウエアで2020年に達成した世界記録15ナノ秒より2倍以上速い。ノイズの時間スケールより速いためノイズの影響を無視できたという。大森教授は将来的には1ナノ秒が可能としている。
冷却原子型ハードウエアは大規模化が可能
量子コンピューターのハードウエアとしては、超伝導型やイオントラップ型が先行していた。大森教授によると、冷却原子型はこれらの2つの型の限界を打ち破るとして近年、欧米を中心に世界各国の産・官・学の注目を集めていた。今回の成果は信頼性の高い冷却原子型量子コンピューター実現への突破口になり得るという。
量子コンピューターの実用化には量子ビットを増やして大規模化することが必須だ。「社会問題の解決には1000量子ビット以上必要とされるが、超伝導型やイオントラップ型は100量子ビット程度で頭打ちになると言われている」と語る大森教授は「私たちが開発している冷却原子型ハードウエアは将来1万量子ビットが可能で大規模化できる。また量子ビットの波の性質が超伝導型の6桁以上長く続くため(量子コンピューター実現に向け)、優れたハードウエアになる」と自信を示している。
大森教授は7月、科学技術振興機構(JST)が担当する「ムーンショット型研究開発事業」の目標6「2050年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用型量子コンピュータを実現」研究開発プロジェクトのプロジェクトマネージャー(PM)に採択された。
政府の「統合イノベーション戦略推進会議(議長・松野博一官房長官)」は4月に量子コンピューター技術などの量子技術を社会・経済システムに取り組んで活用する「量子未来社会ビジョン」をまとめ、産業競争力の向上を目指している。
今回の研究はJSTの戦略的創造研究事業CRESTのほか、文部科学省や日本学術振興会など多くの支援を得て進めた。論文は9日付の英科学誌「ネイチャーフォトニクス」に掲載された。
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