ヒトと同じ霊長類であるサルの脳活動を制御し、人為的にうつ病を発症させることに成功した。東北大学などの研究グループが発表した。サルを実験に用いることで、うつ病の詳しい仕組みの解明や、創薬など治療法の研究に役立つと期待される。実験では、これまで関連が疑われていた脳の「内側前頭皮質」の機能不全が実際に、うつ病につながることが分かった。
うつ病の研究ではこれまで、齧歯(げっし)類のマウスやラットが使われてきたものの、ヒトとは脳の発達度が大きく異なる。特に霊長類は前頭葉の内側である内側前頭皮質が発達しており、情動や社会性、意欲の制御に深く関わるとみられている。そこで研究グループは脳の構造や機能、それに基づく認知や情動の機能がヒトとよく似たサルを使う実験を試みた。
ニホンザルの頭皮に、脳内に微弱な電流を起こす装置をあてがい、内側前頭皮質の一部に周波数1ヘルツのrTMSと呼ばれる刺激を与えた。この部分は、特にうつ病との関連が指摘されている。こうして一時的に神経活動を抑制させ、変化を調べた。
するとサルは普段、おりの中を活発に動き回ったり毛づくろいしたりするのに、刺激後は下を向いてじっと座ったり、横たわったりして活動性が著しく低下した。首につけたセンサーが記録した加速度の累積値が20%程度、減少した。また、ヒトのうつ病患者と同様に、血中のストレスホルモン「コルチゾール」の濃度が40%ほど上昇した。
実験者がおりの前に立つと、普段は寄ってきて手を伸ばすなど積極的なのに、刺激後は体を背けて下を向き、奥に引きこもる時間が増えた。また、板に空いた穴からえさをつまみ取る課題をさせると、穴が大きく簡単だと変わらず行う一方で、穴が小さく難しいとすぐに止めてしまった。
これらの症状は、内側前頭皮質の他の領域を同様に刺激した場合は起こらなかった。
次に即効性の抗うつ作用がある物質「ケタミン」を静脈に投与すると、この刺激に対し、活動性や血中コルチゾール濃度などが著しく改善した。なおケタミンには有害作用もあり、麻薬指定されている。
一連の結果から、これまでにうつ病との関連が疑われていた内側前頭皮質の機能不全が、実際にうつ病につながることや、正常時に気分や情動の調節に重要な役割を果たしていることを突き止めた。うつ病とみられる霊長類を観察した研究はあるが、脳を人為的に制御してうつ病を起こしたのは世界初という。うつ病の仕組みや病態の理解、予防や治療法の開発につながると期待される。
研究グループの東北大学大学院生命科学研究科の中村晋也助教(システム神経科学)は会見で「サルは今後、抗うつ薬の開発や効果の検証で強力な動物モデルとして活躍するだろう。脳の気分調節を理解するための基盤となる成果にもなった」と述べた。
同研究科の筒井健一郎教授(同)は「薬の開発、特に効果を持つ物質の選別が飛躍的に進むのでは。気分調節の仕組みが分かれば、うつ病のみならず心的外傷後ストレス障害(PTSD)や不安障害など、ストレス性疾患の総合的な理解が進むだろう。今回、内側前頭皮質が重要だと判明したことは、大きな意味を持つ」とした。
研究グループは東北大学、東京大学、昭和大学で構成。成果は神経学の国際学術誌「エクスペリメンタルニューロロジー」電子版に7月7日に掲載され、東北大学が8月9日に発表した。
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