筆者が上京した時、都内で歩く人の速さに驚いた。ただ、今でも人の多さと周囲の歩く速度には慣れないものの、上京当初に比べれば幾ばくか穏やかになった。適者生存の原理に基づく、素晴らしい適応術がいつの間にか発揮されていたらしい。
さて、無自覚で発揮されていた適応術は、ヒトだけに与えられたものではない。なんと、タヌキとアライグマにも都市適応術が発揮されていたのだ。また、植物と都市環境の関係についても以前記事にしたことがあるので、ぜひ読んでみていただきたい。
これらから分かるように、都市環境は生物進化に影響を与えているという考え方は、ポピュラーになり始めているのだ。
今回紹介する研究は、東京農工大学大学院連合農学研究科、同大学院グローバルイノベーション研究院、サンパウロ州立大学らの国際共同研究チームは、都市に生息するタヌキとニホンアナグマは、人間活動を避けるような採食行動をとることで、都市の環境に適応している可能性を明らかにした。
詳細は、日本哺乳類学会の発行する英文誌「Mammal Study」に掲載されている。
都市化に伴う人間活動の増大は、さまざまな生物に影響を与える。既存の研究では昆虫類や鳥類を対象とした事例が多く、都市に生息する哺乳類に対して人間活動が与える影響は良く分かっていない。
中でも、生存に直接結びつく採食行動への人間活動の影響を評価することは、都市に生息する野生動物の生態を明らかにするうえで重要な研究課題である。そこで、同研究では都市の森林に生息するタヌキとニホンアナグマを対象に、自動撮影カメラを用いて樹木から落下した果実を食べる行動(以下、落下果実の採食行動)を調べることで、人間活動が両種の採食活動にどのような影響を与えるのか検証した。
具体的には、①人間活動が活発な三鷹市に位置する国際基督教大学のキャンパス(以下、都市の森林)と人間活動がほとんど存在しない八王子市に位置する森林総合研究所多摩森林科学園の試験林(以下、山間部の森林)において、初夏に結実するヤマザクラの落下果実の採食行動にはどのような違いが存在するのか、②都市の森林において、秋に結実するイチョウとムクノキの落下果実の採食行動を行う際に、どのような条件の木の下で落下果実の採食行動を行うのか、の2点を調査した。
調査の結果、都市の森林ではタヌキは23回、二ホンアナグマは24回、山間部の森林ではタヌキは61回、二ホンアナグマは63回のヤマザクラの落下果実の採食行動が観察された。
分析したところ、都市の森林に生息するタヌキと二ホンアナグマは、山間部の森林よりも夜間に採食行動を行う頻度が高かった。さらに、1回あたりの採食時間は、都市の森林に生息するタヌキと二ホンアナグマは、山間部の森林よりも短かったのだ。
都市の森林におけるイチョウとムクノキでは、タヌキでは計397回(イチョウで316回、ム クノキで81回)、二ホンアナグマでは144回(イチョウでは12回、ムクノキでは132回)の落下果実の採食行動が観察された。その結果、両種は結実量(果実の実り)の多い木を選ぶのではなく、藪などにより木の根元が周囲から見通しの悪い木を選んで、樹上から落下してきた果実を採食していた。
一般的に、野生動物が果実を食べる場合には、効率よく採食を行うために、結実量の多い木を選ぶ傾向があるが、都市の森林のタヌキと二ホンアナグマは、効率よく食べることよりも、人間に発見されないことの方が優先順位が高い可能性が示唆された。
研究グループは今後、採食以外の行動(繁殖行動や子育てなど)において、都市に生息する野生動物にはどのような特徴があるのかを明らかにすることで、都市における野生動物の管理や保全にも結び付くと考えられるとした。