アクセンチュアは8月1日、企業のESG(環境・社会・企業統治)の取り組みが企業価値にもたらすインパクトを分析・予測するAIソリューションをクラウドサービスとして提供する「AI Powered Enterprise Value Cockpit(エーアイパワード エンタープライズ バリュー コックピット)」の提供を発表した。

アクセンチュアは、経営計画支援のコンサルティングサービスと併せて、同社のAIツールの1つとして今回のサービスを提供していく予定だ。なお、すでにKDDIでの導入が決定されている。

同日には、同サービスに実装されているAIモデルの詳細や今後のサービス展開を紹介するメディア向けのオンライン説明会が開かれた。

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非財務指標と企業価値の因果関係を考慮したAI予測モデルを活用

AI Powered Enterprise Value Cockpitを活用することで、温室効果ガス削減や生物多様性への配慮、女性活躍推進や働き方改革などのESG施策のうち、どういった取り組みが自社の企業価値に影響を与えるかを可視化することができる。

また、ESGへの取り組み度合いを業界平均と比べて自社の客観的な立ち位置を把握するほか、新たなESG施策に取り組んだ場合に、「どのESG要素を向上させれば、将来の時価総額の増加につながるか」についてシミュレーションすることも可能だ。

  • 「AI Powered Enterprise Value Cockpit」の全体像

    「AI Powered Enterprise Value Cockpit」の全体像

ESG領域における業界内の立ち位置を明らかにしたり、自社の不足要素を客観的に測ったり手段がなく、経営者から「ESG施策を企業価値向上にどのように結び付ければいいかわからない」という声を聞くことから、アクセンチュアは今回のサービスを開発したという。

アクセンチュア ビジネスコンサルティング本部 AIグループ日本統括 AIセンター長の保科学世氏は、「ESGの取り組みの可視化とシミュレーションだけでなく、適正な市場評価の獲得につながるようなESG施策とそのKPIの設定・管理機能や、対外的な発信のためのデータの裏付けを提供する。また、既存のAIソリューション群との連携も可能だ。既存サービスとの連携により、全社でのデータ主導型経営の実現を支援したい」と説明した。

  • アクセンチュア ビジネスコンサルティング本部 AIグループ日本統括 AIセンター長 保科学世氏

    アクセンチュア ビジネスコンサルティング本部 AIグループ日本統括 AIセンター長 保科学世氏

同サービスの分析モデルには、同社が九州大学都市研究センターと連携して構築した「因果関係検証モデル」が採用されている。同モデルには、企業の非財務指標と企業価値の間にある因果関係と度合いを示すアルゴリズムが活用されており、そのアルゴリズムによって因果関係を考慮したうえでデータの関係性・ネットワークを可視化し、企業規模や市場要因といった要素を切り離して評価するという。

具体的には、日経225(日経平均株価)の構成銘柄の12年分の468指標のデータ(財務・非財務データ)を取り込み、因果関係を考慮した時価総額予測モデルを構築。時価総額を予測したうえで、予測に対する各指標の影響度を可視化する。

  • 「AI Powered Enterprise Value Cockpit」の分析モデル

    「AI Powered Enterprise Value Cockpit」の分析モデル

「業界横断で、企業価値向上に貢献度の高い指標とそうでない指標を比較し、各業界におけるESG施策の方向性を検討したり、競合他社と比較しながら自社が今後採用すべきESG施策の方向性を検討することが可能だ」(保科氏)

なお、同モデルを利用して、日経225構成銘柄企業への影響度を分析し、日本企業の企業価値に影響のある指標のトップ30を調べたところ、ESGの中でもSに関連する指標、特に女性・LGBTなどの多様性や在宅勤務・産休制度などの福利厚生に関する項目が上位に挙がったという。

その一方、Eの指標はトップ30の中でも下位に止まり、数も少なかったことから、保科氏は「Eの影響度は相対的に小さく、現状日本ではまだ十分にその評価を得られていない」と分析した。

  • で分析した企業価値へのインパクトが大きい指標

    「AI Powered Enterprise Value Cockpit」で分析した企業価値へのインパクトが大きい指標

数十種のESG+F指標から目標設定し、時価総額への影響をシミュレーション

説明会では、同ソリューションを利用したシミュレーション機能のデモンストレーションが行われた。

シミュレーション機能は、企業が取り組むESG施策を選択し目標とする数値を設定する「目標値設定」と、目標に取り組んだ効果が示される「効果シミュレーション」で構成される。

効果シミュレーションの内容は3つのグラフで表現される。具体的には、ESGの各要素とF(財務因子)における自社と競合の偏差値を比較できる棒グラフや、シミュレーションによる時価総額の変化を時系列(折れ線グラフ)で把握できる「企業価値年次推移」のほか、ESGとFに対する自社の取り組み度合いの業種平均との差や企業価値への影響度を散布図で表現した「KPIカテゴリ状況」となる。

  • 「AI Powered Enterprise Value Cockpit」の画面イメージ

    「AI Powered Enterprise Value Cockpit」の画面イメージ

なお、目標値設定では、「女性役員比率」「内部通報・告発の件数」「SOx(硫黄酸化物)排出量」「営業利益」など、ESGとFに関連する数十種類の指標から選択できる。また、シミュレーションで比較対象となるのは過去12年間で日経225に含まれていた企業だが、ベンチマークとして参照したい企業が個別である場合には、該当企業のESG+Fのそれぞれのデータがあれば、日経225企業と同様に比較可能だ。

デモでは、時価総額3兆円で中期経営計画を策定中のA社が、2026年までに6兆円まで時価総額を増加する仮定でシミュレーションが行われた。

業界平均に届いていない「営業利益率」のほか、ESG要素についても業界平均より偏差値が低い「S」の要素のうち、今回は「LGBTに対する基本方針の有無」「外国人就業比率」「女性役員比率」を目標に設定。それぞれの細かな目標値を設定してシミュレーションしたところ、50に満たなかった「S」の偏差値は65まで上昇し、時価総額は6兆円を超える結果となった。

  • 「AI Powered Enterprise Value Cockpit」のシミュレーション結果

    「AI Powered Enterprise Value Cockpit」のシミュレーション結果

デモを担当したアクセンチュア AIグループ マネジング・ディレクターの中畑良介氏は、「このケースでは、『財務計画で5兆円まで増加する』という想定が妥当か分析するため、営業利益を分析対象とした。また、Sの要素はさまざまあるが、今回は競合他社が積極的に取り組んでいるがA社は取り組めていないダイバーシティの項目に絞った。外国人従業員比率については業界平均に届いているので変更は加えていない。一方、女性役員比率は5%と低く、最終的に競合並みの25%に伸ばす必要があるが、役員を急に増やすことにはビジネス上の一定の壁があることが考えられるので、まずは業界平均の半分の12%を目指す設定とした」と解説した。

  • アクセンチュア AIグループ マネジング・ディレクター 中畑良介氏

    アクセンチュア AIグループ マネジング・ディレクター 中畑良介氏

ESG施策に全く取り組んでいない企業ならデモのように探索的にシミュレーションを行うことになるが、すでに何かしらの戦略を実践している場合は、既存の取り組みの将来への影響度をチェックするのに活用できるという。

データ拡充とAIの精度向上させて、ESG戦略の推奨機能も実装

今後は分析で利用するデータを日経225構成銘柄だけでなく、海外企業のデータや有価証券報告書の記載内容といった定性的なデータまで拡充する予定だ。

また、経営者が設定する目標時価総額に対して、確度の高いESG戦略を逆算し提示する「ESG戦略のAIレコメンデーション機能」も実装するという。

  • 「ESG戦略のAIレコメンデーション機能」のイメージ

    「ESG戦略のAIレコメンデーション機能」のイメージ

今回のソリューションのAIモデル開発に関わったアクセンチュア AIグループ シニア・プリンシパル 須山敦志氏は、「現状の時価総額を評価し、目標とする時価総額を達成するためのパスにはどのようなものがあるか、AIが探索し推奨するようなイメージだ。戦略A、戦略Bなど、複数のパスを提案するほか、各戦略の達成確率も併せて提示したい」と語った。

  • アクセンチュア AIグループ シニア・プリンシパル 須山敦志氏

    アクセンチュア AIグループ シニア・プリンシパル 須山敦志氏

加えて、今後も九州大学都市研究センターとのAI開発の取り組みも深化させるという。将来的には、企業のESGへの取り組み度合いを基に、ESG経営の進展度合いをスコアで提示する「ESG評価スコア」や、AIを用いて製品・サービス単位でサプライチェーン全体のサステナビリティ負荷量を可視化し改善案を提示する「製品・サービスレベルでのESG改善アクション提示」といった機能拡張も予定する。