生理学研究所(生理研)と玉川大学は7月28日、マウスを使った実験から、練習するにつれて身体が運動を覚える仕組みを、大脳皮質の神経回路における構造の変化として捉えることに成功したと発表した。
同成果は、生理研 基盤神経科学研究領域 大脳神経回路論研究部門のソン・チェリン研究員、生理研 脳機能計測・支援センター 電子顕微鏡室の窪田芳之准教授、玉川大 脳科学研究所(BSI)の川口泰雄研究員らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国科学振興協会が刊行する「Science」系のオープンアクセスジャーナル「Science Advances」に掲載された。
脳の神経細胞間で情報を伝達する結合部であるシナプスは、学習や記憶に重要な働きをしていると考えられてきた。これまでの研究から、マウスに特定の運動課題トレーニングをさせると、運動を担う領域の「第一次運動野」で、新たなシナプスが形成され、神経回路が変化していることが確認されていたが、それを神経回路の変化として明らかにした研究は過去になく、どの領野からの情報が、学習や記憶に重要なのかなど、その詳細は解明されていなかったという。
そこで研究チームは今回、「運動学習」と「運動記憶」の神経メカニズム、つまり学習過程において変化するシナプス結合を明らかにすることを目的に、運動学習をトレーニングしたマウスを用いて、シナプスの変化を観察することにしたという。
具体的には、前肢を用いた運動学習課題トレーニングを続けたマウスの脳内を観察したところ、学習初期(1~4日目)においては新しいシナプス結合が多数できており、運動が上達したマウスほど、その数が多いことが確認され、運動技能の上達には新しいシナプス結合の形成が重要であることが示されたとする。
また、この新しいシナプス結合が脳のどこからの情報を伝達しているのかの検証が行われたところ、それらの多くは、より高次の運動皮質の「第二次運動野」などから送られてきていることが判明したという。
高次の運動皮質は、運動の計画や準備など、運動の実行に関わる意識的な情報処理を行っているとされ、意識的に運動を補正するための信号情報が送られている可能性が考えられるという。つまり、学習初期にはその運動課題を習得するために、動物はさまざまなことを「試行錯誤しながら」行っていることが推察できると研究チームでは説明する。
一方で、学習の後期(5~8日目)になると、初期に形成されたシナプス結合の多くが消失したという。ただし残存しているものもあり、それらの入力元は、脳の深部にある、自動化された運動信号を中継すると考えられる領野である「視床」からの情報を受けているシナプスであることが判明したほか、それらは単に残存しているだけでなく、信号がより強化されていることも確かめられたという。