ロシア大統領府は2022年7月26日、米国や日本などと共同運用する国際宇宙ステーション(ISS)について、2024年以降に離脱する意向を明らかにした。また、並行してロシア独自の新しい宇宙ステーションを建造するという。
これは同日開催された、プーチン大統領とロシア国営宇宙企業「ロスコスモス」のユーリィ・ボリーソフ総裁との会議で明らかにされたもので、ボリーソフ氏は「私たちは国際協力の枠組みの中でISSの運用に取り組んでいます。当面は米国など国際パートナーに対するすべての義務を果たしますが、2024年以降、ISSの運用から離脱することを決定しました」と報告。続けて「そのころには、ロシア独自の新たな宇宙ステーションの建設が始まっているでしょう」と述べた。
これに対しプーチン大統領は「ハラショー(素晴らしい)」とコメントしたという。
ISSは米国、日本、カナダ、欧州、そしてロシアなど計15か国が共同で運用している宇宙ステーションで、1998年から建設が始まり、2011年に完成。人類の宇宙活動の拠点であると同時に、米ソ冷戦の対立を越えて建造されたことから、国際協力と平和のシンボルとも称される。
ISSの中で、ロシアのモジュールはその半分近くを占めており、宇宙飛行士の生活や実験に使われているほか、ロスコスモス所属の宇宙飛行士の継続的な滞在、そして宇宙船や補給船による宇宙飛行士や補給物資の輸送も行うなど、重要な役割を担っている。
現時点でISSの運用期間は2024年までとなっているが、米国は昨年末から今年はじめにかけ、2030年まで運用を延長する方針を発表。これを受け各国は検討を行っており、欧州や日本は正式決定こそされていないものの、延長に前向きな姿勢を示している。
ロシアもまた、今年1月の時点では「米国のISS延長を支持しており、近いうちに本件についての内部手続きを始める」とし、前向きな姿勢を示していた。しかし、その後2月に始まったロシアのウクライナ侵攻による欧米からの経済制裁、関係悪化などを背景に、離脱を決めたものとみられる。
今回のロシアの発表を受け、米国航空宇宙局(NASA)のビル・ネルソン長官は「NASAは、どのパートナーからの決定も知らされていない。NASAは2030年までISSを安全に運用することを約束し、パートナーとの調整を進めている」との声明を発表し、ISS離脱について正式に通知を受けていないことを明かしている。
離脱時期も新ステーションも不確定
ロシアがISS離脱を決めた背景には、欧米との関係悪化のほかに、ISSのロシア製モジュールの老朽化問題もあるものとみられる。とくに、1998年に打ち上げられた最初のモジュール「ザリャー」や、2000年打ち上げの「ズヴィズダー(ズヴェズダ)」は、すでに設計寿命の15年を超過している。実際、ザリャーは2021年、ズヴィズダーも2020年に空気漏れを起こしており、2030年まで運用できるかは不透明だった。
一方、ロシアが新たに建設するとしている宇宙ステーションも、実現できるかどうかは未知数である。この宇宙ステーションは「ロシア軌道サービス・ステーション(ROSS)」と呼ばれており、計画自体は10年以上前から明らかにされていた。しかし開発は遅々として進んでおらず、ボリーソフ氏の言葉どおり2024年の時点で建設が始められるかはわからない。
ロシアの宇宙開発は、長年の資金難による技術力の低下が進んでおり、優先順位が高い軍事衛星すらまともに稼働していない。このような状況で、今後数年で新たに宇宙ステーションを建造できる見通しは暗い。
そもそも、本当にロシアがISSから離脱するかどうかも未知数である。ISSから脱退する場合には、国際宇宙基地協力協定に基づいて米国に対して事前通告を行うことが定められているが、ネルソン長官の声明にもあるように、現時点でロシアは正式な通告をしていないという。
離脱時期についても、「2024年“以降”」と、やや含みを持たしている点にも注意すべきだろう。離脱をちらつかせることで、制裁解除などを要求したり、国内外に米国と対等であることをアピールしたりする狙いもあると考えられる。
今後の焦点は、ロシアが本当に、あるいはいつ、正式に離脱の通告を行うかどうかであろう。また、新しい宇宙ステーションの建造においては中国、インドなどと協力する可能性もあり、その動向に注意すべきだろう。
ISSへの影響は?
仮にロシアが抜けた場合、ISSの運用に影響が出ることは必至である。ただ、少なくとも運用ができなくなるような事態になることは考えにくい。
たとえば宇宙飛行士の輸送に関しては、米国スペースXが「クルー・ドラゴン」宇宙船を運用しており、ボーイングも「スターライナー」宇宙船の開発を続けている。
物資の補給に関しても、スペースXの「カーゴ・ドラゴン」補給船と、ノースロップ・グラマンの「シグナス」補給船があり、数年後には日本の次世代補給機「HTV-X」、米国の「ドリーム・チェイサー」の運用も始まる予定となっている。
また、ISSは大気との抵抗で軌道が落ちるため、定期的に持ち上げる「リブースト」を行う必要がある。これまではロシアの補給船がその大半を担ってきたが、シグナス補給船でも可能であり、この点でも問題はない。
このため、たとえば今後計画していた宇宙実験が行えなくなったり、宇宙船や補給船の打ち上げ、宇宙飛行士の滞在計画などに影響が出たりすることはあるが、ロシア抜きで運用を継続すること自体は可能とみられる。
参考文献