京都大学(京大)とダイセルは7月20日、独自開発のシリコン-空孔(SiV)中心を含む、粒径20nm程度の「爆轟(ばくごう)ナノダイヤモンド」(SiV-DND)を用いて、温度計測の実証に成功したことを発表した。
同成果は、京大 化学研究所の水落憲和 教授、同・藤原正規 特定研究員、同・大木出 研究員、ダイセルの共同研究チームによるもの。詳細は、低次元の炭素ベースのナノ構造を含めた炭素材料に関する全般を扱う学術誌「Carbon」に掲載された。
粒径が数百nm未満のナノダイヤモンドのSiV中心は、近赤外光(中心波長737nm)に鋭く安定した発光を持ち、温度によって発光の中心波長が変化するため、光のみで細胞内部などの微細な領域の温度検出が可能なセンサとして期待されているという。
しかし、これまで温度計測が報告されているSiV中心含有ナノダイヤモンドの最小粒径は200nmであり、生命科学研究では、細胞膜や細胞核膜へのダメージを抑えつつ、細胞小器官や細胞核内に導入するために求められる粒径30nm以下というサイズとは隔たりがあったという。
そうした中で、ダイセルや京大、そのほかの研究機関による共同研究チームが開発したのが、効率的にSiV中心を含む1桁nmサイズのナノダイヤモンドを合成する新規爆轟法だという。今回の研究は、この新規爆轟法によるSiV中心ナノダイヤモンド(SiV-DND)を用いて、実際に高感度の温度センサとして利用できることの実証を目指したものだとする。
実際に今回の研究で用いられた試料は、ダイセルが開発したSiV-DNDを基本として、さらに分散処理、表面ポリマーコーティング、分級処理をしたものだという。この試料の個々のSiV-DNDの粒径を透過電子顕微鏡で解析したところ、平均粒径は、窒素-空孔(NV)中心など、ほかの発光中心も含めて、温度計測が報告されているナノダイヤモンド中で世界最小径クラスとなる約20nmであることが確認されたという。
また、研究チームが自作した温度制御可能な共焦点レーザー顕微鏡を用いて、カバーガラス全面にSiV-DNDが分布している中で、強い発光を示すいくつかのSiV-DNDが集まった凝集体と考えられる輝点でSiV-DNDの発光スペクトルと温度依存性の測定を行ったところ、温度22.0℃の場合、波長約737nmでピークを持つSiV中心由来の発光が観測されたが、温度40.5℃では、ピーク波長が長波長側に移動したことが確かめられたという。この結果について研究チームでは、熱によって、ナノダイヤモンドを構成する炭素原子間の結合距離がわずかに変化することや、炭素原子間の振動の仕方が変化することなどが影響していることが考えられるとしている。
さらに、ピーク波長の温度依存性の調査からは、生きた細胞などの生体試料に適した温度(37℃前後)付近で、ピーク波長が温度に対して線型に変化していることが確認されたとするほか、26個の輝点で温度に対するピーク波長の変化率を調べたところ、その平均値は0.011nm/Kであることが確認されたという。これは既報のバルクダイヤモンド中のアンサンブルSiV中心で得られた結果(0.0124nm/K)と近い値であり、今回のナノダイヤモンドが温度センサとして利用できることを意味すると研究チームでは説明する。
実際に、得られた変化率を利用して、輝点部での測定時間1秒あたりに検出できる温度の正確性を表す温度感度を調べたところ、最高で1.1K/(Hz)-1/2、平均で2.9K/(Hz)-1/2となったという。これは10秒の積算時間で1K以下の温度精度が得られることを意味し、生体試料の温度測定に十分適用可能な感度だとする。
なお研究チームでは、ナノダイヤモンドではNV中心の研究が進むが、それを用いた温度センサに比べ、光照射と光検出のみにより動作する点でSiV中心の方が優れており、より簡便な計測応用への展開が期待されるとしており、今後は、さらなる高感度化、ならびに実際にSiV-DNDを生体試料へ導入してのバイオイメージングおよび温度センシングを進める予定としている。加えて、そうした取り組みから、より高い感度が得られれば、より短時間での測定が実現され、高い温度精度が得られることになることため、個々のSiV-DNDに含まれるSiV中心の含有率を高めるとともに、発光強度を高効率に検出できる検出系の改良や解析法の改良などの研究も進めていく予定ともしている。