新型コロナウイルスの感染拡大による巣ごもり需要を受けて市場規模が急拡大した「電子書籍」。インプレス総合研究所の調査によると、電子書籍の市場は2019年度から2020年度にかけての1年間で28.6%も増加し、2025年度には6700億円を超える市場に成長するとも予測されている。
また電子書籍ブームとは対照的に、この20年間、書店の数は減少を続けており、2000年の2万1,495店と比べて、2020年5月時点での日本の書店数は1万1,024店と1万店ほど減っていることが分かる。
そんな時代にAIやメタバースの活用で「リアル書店」の利用を促進する取り組みがある。今回、KADOKAWAの行う「ダ・ヴィンチストア Next Stage "未来の書店"」を体験し、プロジェクトチームの一員である楫野晋司氏に話を聞いた。
「ダ・ヴィンチストア Next Stage "未来の書店"」を体験してみた
筆者が体験してきた「ダ・ヴィンチストア Next Stage "未来の書店"」は7月2日〜15日までの期間限定で、角川武蔵野ミュージアム(埼玉県・所沢市)で開催されている展示だ。
4月29日・30日に幕張メッセで開催された「ニコニコ超会議2022」で反響が大きかった「未来の書店」の体験デモが展開されており、「メタバース書店」「VR本棚劇場」「『AIナツノ』による本のリコメンド」「全冊検索システム」という4つのコンテンツを入場料無料で楽しむことができる。
以下、この4つのコンテンツの詳細と楽しみ方を紹介しよう。
「メタバース書店」は、角川武蔵野ミュージアムを敷地内に置く、ところざわサクラタウン内にある書店「ダ・ヴィンチストア」をイメージした空間をメタバースに再現したもの。VRゴーグルまたはスマートフォンでメタバース書店の中を歩き回りながら、約5,000点の在庫から本を探すことができるほか、メタバース書店にアクセスしている他の顧客と仮想空間上での会話を楽しむことができる。
VRゴーグルにはマイク機能が装備されており、実際に通話のような要領で自分のおすすめの本を周りに紹介したり、おすすめの本を紹介してもらったりと、体験デモや自宅などからアプリで参加している顧客同士で情報交換をすることができるという。
「VR本棚劇場」は、角川武蔵野ミュージアム内の「本棚劇場」を仮想空間に再現したもの。「メタバース書店」と同じくVRゴーグルで体験が可能になっている。画面いっぱいに多くの本が並び、表紙の絵柄やタイトルなどから好みの本を選択し、そのまま試し読みや購入まで完結することができるシステムになっているという。
「『AIナツノ』による本のリコメンド」は、今イチオシのKADOKAWAの書籍の内容をAIが解析し、対話と表情分析によって、AIが今の自分に最適な本を提案してくれるサービス。 AIナツノが質問する内容に対して、当てはまる項目を1つ選んで、心理テストのような要領で進んでいくと、その時の気持ちや好きなジャンルを察知しておすすめの本を選んでくれるというサービスだ。実際におすすめ本の結果画面のQRコードから選ばれた本を店頭や電子書籍で購入することもできるという。
このAIナツノは、KADOKAWA代表取締役兼ドワンゴ代表取締役社長の夏野剛氏をイメージモデルにしており、展示会場内には肖像画も展示されていた。
「全冊検索システム」は、展示会場にあるタブレットにて書名、著者名、ジャンルなどの条件を検索し、KADOKAWA発行のほぼすべての書籍から欲しい本を簡単に探すことができるというサービス。これまでカウンターで行われていた在庫の問い合わせから注文に至る手続きが、すべてデジタル化されて、よりスムーズで便利になるという効果があるという。
オンラインショップとリアル書店 「それぞれに違った役割」
今回体験させてもらった「ダ・ヴィンチストア Next Stage "未来の書店"」。 非常に魅力的なまさに「未来の本屋さん」といった内容の展示だが、これらのコンテンツはどのように企画・開発されたのだろうか?
楫野氏は、「ダ・ヴィンチストア Next Stage "未来の書店"」を企画した経緯について、次のように話してくれた。
「今回の企画は『リアル書店の良さをデジタルで拡張できないか』という想いから企画されています。最近では、オンラインショップで本の購入を行うというお客様も増えていますが、オンラインショップとリアル書店では主な役割が異なっていると思います」(楫野氏)
楫野氏曰く、オンラインショップを訪れて本を購入する顧客は「目的がある」「目当ての本がある」といった人がほとんどだという。しかし、リアル書店に訪れる人は、特に目的の本がない人やその時々の出逢いを楽しむために訪れる人も多いのだという。 そのため、KADOKAWAでは、「デジタルでリアル書店を拡張する」というどちらもの良さを兼ね備えた「ダ・ヴィンチストア Next Stage "未来の書店"」に展示されている4つのコンテンツを考案したとのことだ。
KADOKAWAが書店のデジタル化に着手したのは2014年からであり、IT関連企業であるドワンゴとの経営統合がきっかけだったという。 それ以降、デジタル化の模索が続き、2018年には書店への来店や本の購入に応じてポイントが貯まるKADOKAWAアプリを開発・リリースしたり、2021年には今回展示されているVR本棚劇場が開発されたりと、次から次へとデジタル化の商材を開発している。
このようにデジタル化の商材を多く手掛けるKADOKAWAだが、一般に向けてデジタル系商材の展示を行うまでには多くの苦労もあったという。
「普段行っている書店ビジネスとは違い、メタバースの撮影は時間も工数もかかるので大変でした。また、他の部署はもちろん、開発を担当してくださる会社さんやKADOKAWAの関連会社の方など、多くの人と密に連絡を取り合わなくてはならない点にも苦労しました」(楫野氏)
実際にこのプロジェクトには100名を超えるスタッフが関わっているといい、デジタルマーケティング室が主体となりながら、展示関係の部署やKADOKAWA直営の電子書籍サイトであるBOOK☆WALKERからもメンバーをアサインするなど、多くの人が関わって今回の4つのコンテンツを展示する「ダ・ヴィンチストア Next Stage "未来の書店"」が完成できたのだという。
そのような苦労もあって展示に至った「ダ・ヴィンチストア Next Stage "未来の書店"」だが、同社が想定していたよりも多くの来場者が訪れているようで、楫野氏は「ファミリー層やカップルを中心に多くの方に来場いただいています。待機列ができている時間も多く、たくさんの方に楽しんでいただけていると思います」と、顔をほころばせながら語っていた。
目指すは「オンラインからオフラインへの顧客の流入」
15日で一旦幕を閉じる「ダ・ヴィンチストア Next Stage "未来の書店"」だが、それぞれのコンテンツは今後どのような形で活用されていくのだろうか?
「今はまだ実証実験の段階ですが、今後はリアルの書店との連携を目指していきたいです。書店に足を運んで購入する本のおすすめを聞いていただいたり、本が好きな方同士で情報交換できたりするようになったら嬉しいです。また、購買にはすぐにつながらないかもしれませんが、イベントなどで会場を盛り上げる要素として活用していく場面も多くなるかと思います」(楫野氏)
最後に楫野氏に今後の展望を聞いた。
「『リアル書店の拡張』を推進したいです。今までオンラインショップしか活用していなかったお客様にオフラインにも来ていただけるような仕組みを作っていきたいです。今は実証実験のような形で展示を行っているのみですが、今後事業化を目指すために、今回の展示を書店の方にも見ていただき『何が足りないか』『どうしたら使いたいか』というご意見をいただきたいです。また、一般のお客さんに対しては『どれだけ購買につながったか』ということを伺い、リアル書店の良さをデジタルで拡張するサービスの事業化を目指していきたいです」(楫野氏)
電子書籍ブームとは対照的に、書店の数は減少を続けているということは前述した通りだが、その一方で、MMD研究所の調査では「書籍の購入場所の上位は『街中の書店』」という結果も報告されている。 今回の企画は、そんな「リアル書店」のファンのため、そして書店で働く人々のために、オンラインショップに負けないリアル書店を作ろうと奔走するKADOKAWAの想いが詰まった展示なのではないだろうか。 デジタル化したリアルの書店を町で見かける日もそう遠くないのかもしれない。