富士フイルムは7月6日に記者会見を開催し、同社グループの(Chief Digital Officer:最高デジタル責任者)を務める杉本征剛氏がDX(デジタルトランスフォーメーション)の取り組みの具体例について紹介した。
多くの企業がDXを推進する現在において、DXとは単にITシステムの刷新ではなく企業文化そのものを刷新する取り組みに変化している。デジタル技術が前提となった現代社会においては、顧客の変化に対応するためにデジタルでビジネスを大きく変化させなければ敗者となる危険性すらある。
デジタル社会の一員たるデジタル企業に求められる変革は次第に高度かつ複雑なものとなっており、DXを推進するための戦略の策定や体制の整備、デジタルプラットフォームの形成、DX人材の確保など多岐にわたる。
同社のDXに関する取り組みは、2014年にICT戦略推進プロジェクトを発足した時点から開始したという。以降は主にボトムアップ型の活動を進めてきたようだ。2016年にインフォマティクス研究所およびICT戦略推進室をそれぞれ設置し、2017年にはCDOとDO(部門ごとのデジタル責任者)の役職を設置し、DXを加速させた。
同社は2021年に、CEO(Chief Executive Officer:最高経営責任者)を議長として、全社的なDXを推進する目的でDX戦略会議を設けた。それ以前のように部門ごとの取り組みに偏ることのない、全体最適化されたDXを推進するための体制だという。特にグローバル競争力の向上を目的としてDXを推進しているそうだ。
富士フイルムグループがDXを推進するにあたり、まずはグループのDXビジョンを掲げた。ITインフラをベースとして、製品・サービス、業務、人材をそれぞれデジタル化してデジタルプラットフォームの形成を目指す「DX基盤」と、各事業部門が中心となり進める「DX推進プログラム」を設置し、両者の進捗を管理するための「DX戦略会議室」がDXを主導している。
同社はこの推進体制によってデジタル企業に求められる高度かつ複雑な能力を担保し、さらなる強化を目指すという。
同社はDXビジョンとして「わたしたちは、デジタルを活用することで、一人一人が飛躍的に生産性を高め、そこから生み出される優れた製品・サービスを通じて、イノベーティブなお客さま体験の創出と社会課題の解決に貢献し続けます」を掲げている。
社員の生産性が高まれば顧客へ新たな価値を提案し社会課題の解決に貢献するための時間を増やせるとの考えに基づいて、その好循環を加速するためにデジタル技術を活用しながら業務を大きく変えていこうというのが同社の基本的なDX戦略だ。
以下は、富士フイルムグループのDX基盤における取り組みの事例だ。
製品・サービスのDX事例について語ったのは、メディカルシステム開発センター長の鍋田敏之氏。同氏が手掛けるメディカル領域では、これまでのように製品だけを売る「モノ」売りから、継続的な「モノ+コト」売りへビジネスを拡大するべくDXを進めているという。
「量だけではなく質も提供できるよう攻めのDXを展開し始めた。将来的な世界を見据えた際に価値の提供が今後ますます重要になると予想できるが、その鍵となるのは当社のAIプラットフォーム『REiLi』だ。データ連携によって当社にしかできない唯一無二のバリューチェーンを形成したい」(鍋田氏)
業務DXに関する事例として、CDOの杉本氏がブロックチェーン技術を用いてサプライヤーを連携したDXによる在庫最適化の例を語った。同社は現在、デジタルカメラの機器部品の安定調達に向けて、ブロックチェーンを使ってサプライヤーとのオープンかつセキュアな情報連携システム「デジタルトラストプラットフォーム」の仮説検証に取り組んでいるという。
企業を取り巻く環境が急変する中で、いわゆるサプライチェーンから取引相手や取引量を柔軟かつ迅速に切り替えるサプライウェブへの変化が求められている。また、電話やメールによる情報伝達から発生する情報分断やコミュニケーションに要するリードタイムの伸長は、在庫の余剰および不足が発生する要因ともなり得る。
こうした課題に対応するため、ブロックチェーン技術を利用しながらサプライヤーおよび物流経路を含めた情報分断を解消して、状況に応じ適切な在庫量が確保できるような体制を狙うとしている。
従来はメールや電話によって非効率かつ不確実な情報のやり取りが行われていた現場に対し、ブロックチェーンにより正確な情報を保持するダッシュボードと、リアルタイムな情報共有を目的とするチャット機能を搭載するデジタルトラストプラットフォームを提供することによって、同社は迅速かつ高い信頼性の情報共有を目指す。同システムは2023年度第1四半期の本番化を目指して開発中。
富士フイルムグループのDX人材の育成強化は、社員のマインドの変化から取り組んだとのことだ。その上で知識を身に付け、スキルを習得して成果を創出するロードマップを描いている。マインドの変化とICT(Information and Communication Technology:情報通信技術)知識の強化は基盤領域として共通の教育を提供しているが、専門領域は製品・サービスDXと業務DXに分けてそれぞれ専門的な教育を行った。
同社は、2030年度までの道筋を図示したロードマップを策定している。2030年を目途とするステージIIIでは、より多くの製品やサービスが持続可能な社会を支える基盤として定着することを目指しているという。今後は製品を売るだけの価値提供にとどまらず、データの利活用によって顧客の価値を継続的に最適化できるサービスの提供につなげるようだ。
下図は、同社のDXロードマップの実現に向けたDX活動の価値創出フレームワークだ。図の左側に戦略の視点、右側には経営の視点を設定し、中央にDX基盤を示している。X-informaticsのXには、MaterialやBioなどさまざまな業務が当てはまる。多様な業務をインフォマティクスによって進化させる狙いが込められているとのことだ。
「当社はDXを強力に推進して、お客様やパートナー企業を含むステークホルダーと共に社会課題の解決に寄与し、DXロードマップの実現を目指していく」(杉本氏)