-- なぜ、三井不動産の“全”社員がDXを学ぶのか
三井不動産グループは長期経営方針「VISION 2025」の中で、「テクノロジーを活用し、不動産業そのものをイノベーション」をテーマの一つに据えている。「Real Estate as a Service」を標榜し、不動産を「モノ」としてではなくハード面とソフト面から「サービス」として提供する企業を目指すという。
同社がReal Estate as a Serviceで目指すのは、不動産をモノとしてではなくサービスとして提供する世界観だ。例えば、オフィスを貸し出して終わるのではなく豊かな働き方まで含めて提案したり、施設としてハコだけの商業施設を提供するのではなく来場者のドキドキ感やワクワク感を付与したりできるような行動を起点としたサービスの提供を狙う。
そこで、同社はReal Estate as a Serviceの実現にはDX(デジタルトランスフォーメーション)が最重要かつ必要な手段としており、2022年4月に全社員約1700名を対象にしたDX研修「DxU(ディー・バイ・ユー)」を開始した。
同社ではDXを推進するために、主にキャリア入社のIT人材で構成されるDX本部を設置している。もとは情報システム部に由来し、2020年にDX本部を設立して本格的に稼働し始めた。DX本部と各事業部の担当者が、共に現場のDXプロジェクトを進めるような体制だという。
「DX本部が関わるプロジェクトが増える中で、DX本部にばかりデジタル技術のナレッジやノウハウが蓄積していたため、各事業部門でDXを自分ごと化できない点が課題として挙がっていた。不動産業をなりわいとしてきた当社なので、中には『ITやデジタル化は難しい、自分がやることではない』という意識が強い人もいた」と話すのは、DX本部DX二部で企画グループに所属する丹羽七海氏だ。
Real Estate as a Serviceの実現に向けてDXが必要な一方で、各現場におけるDXの意識付けが課題となっていた。そうした中で、DX本部と人事部の人材開発グループが共に手を取って開始したのが、全社員を対象とする「DxU」だ。
過去にDX本部が企画した研修は、主にグループ会社の情報システム部やIT技術職の社員をターゲットとした内容だったという。セキュリティやシステム開発などが主なカリキュラムだったため、当初は技術職の社員が参加者の大半を占めていた。しかし、近年では総合職の社員も徐々に関心を寄せ始めていたようだ。
そこで「DxU」はDX本部と人事部による共同開催となり、全社員を対象としたカリキュラムを構築した。人事部の人材開発グループで主事を務める角田佑介氏は「DXに対する会社としての本気度を示すことが、全社員を対象としてDxUを始めた理由でもある」とコメントしていた。
同氏によると、「DX」という言葉が対象とするスキルの範囲が広範にわたるため、研修での学習内容をロードマップとして整備できたことが人事部とDX本部が一緒に「DxU」を進めた意義だという。
-- 三井不動産の社員が「DxU」で学ぶ6つの重点ポイント
「DxU」の学習ロードマップは、「STEP1(ビギナー)」「STEP2(トレーニー)」「STEP3(スペシャリスト)」「STEP4(マスター)」の4段階の研修で構成される。
STEP1では、同社のDX本部長や外部講師による講演によってDXのためのマインドセットやリテラシーを学ぶ。講演の様子は動画としても社内に展開され、2021年度末までに全社員が視聴した。
STEP2はUdemyなどのe-learningを中心とした学習だ。「DX概論」「顧客志向」「デジタル技術理解」「データ活用」「プロジェクト管理・運用」の5つの重点ポイントを定めており、各項目に基づいて学習が必須な講座を用意したという。2022年度末までに全社員の受講完了を予定している。
STEP3はSTEP2の重点ポイントについて、DXの基礎から応用レベルまでのより高度な研修によってスペシャリストの養成を目指す。DXの重点ポイントのうち、「DX概論」に代えて「プロセス効率化」を追加した5項目について、STEP2よりも発展的な講座を複数提供し、その中から一定数以上の講座の受講を求めている。2022年度末までに300名程度の受講完了を目指すとのことだ。
STEP4では、より実践的なスキルを身に付けることを目的に、ビジネススクールや外部の研修なども利用できるようになる。具体的な研修カリキュラムは今後検討していくとのことだが、すでに試験的に1名の社員がSTEP4での研修を開始しているという。
「DxU」のカリキュラムの構想から、STEP1(ビギナー)の研修を開始するまでに要した期間はわずか3カ月ほど。社員のうちどこまでを研修の対象とするのか、そしてどの程度の水準を求めるのかが議論の中心だったという。DXに必要な6つのポイントについては、過去のDX本部の経験などが生かされ、円滑に決められたとのことだ。
きっちりと細部まで研修内容を固めてから社内へ展開するのではなく、研修を続けながら方向性を定めていく方針で動き出した点も「DxU」の特徴だ。特に、STEP4はこれから研修内容の詳細を決める予定。ITの発展が加速している現代においては、技術の進展やツールの登場に合わせて柔軟に研修内容を検討する方が相応しいとの判断だ。
「DXはあくまで目的を実現するための手段であり、学習すること自体が目的になってしまわないよう工夫を続けたい」と角田氏は述べていた。
ちなみに、受講者の約8割はポジティブな反応を示しているという。「会社が本気でDXに取り組もうとしていることがわかった」「DXについては漠然としていたが、体系立てて学習の筋道が示されたことで自分でも学び始めようと思えた」といった意見が挙げられたようだ。
「DxU」は4月に開始したばかりの研修プログラムだ。すでに開始している研修ステップも今後さらに改善する予定であり、今後その方向性や更新頻度などもより検討が必要となる。また、DXに関わるスキルは定量化が難しく、今後は動画を視聴するだけで終わらない確認テストのような取り組みも取り入れていく予定だという。
「当社が手掛ける街づくりという仕事は、さまざまな業界の方や関係者との協業が不可欠だ。DXの内容に限らずではあるが、OJT(On the Job Training)だけでは身に付きにくい知識やスキルを学習できるOffJT(Off the Job Training)のメニューを今後さらに充実させていきたい」と、角田氏は語っていた。