早稲田大学(早大)、東京大学(東大)、科学技術振興機構(JST)の3者は6月30日、磁性体中の磁気モーメントが作る磁気渦「スキルミオン」が周期的に配列した磁気構造の「スキルミオン結晶」において、電子が持つスピンと電荷の低エネルギー励起が完全に分離・独立した「スピン-電荷デカップリング」が実現しており、それぞれを個別かつ選択的に励起できる可能性を理論的に発見したと発表した。
同成果は、早大 理工学術院の望月維人教授、同・大学院 先進理工学研究科の衛藤倫太郎大学院生、東大大学院 工学系研究科のポーレ・リコ特任研究員らの共同研究チームによるもの。詳細は、米物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。
長い間、スキルミオン結晶の発現には、磁性体の結晶構造が空間反転対称性を持たない場合、隣接する磁気モーメント間の相対角にひねりを加えるという「ジャロシンスキー・守谷相互作用」が必須だと考えられてきた。
しかし近年になって、同相互作用が働かないはずの「結晶構造が空間反転対称性を持つ磁性体」においても、スキルミオン結晶が発見されるようになってきており、このような新型スキルミオン結晶は、物質中を動き回る(遍歴する)「伝導電子」が媒介する相互作用により安定化していることが、近年の理論研究により明らかになってきたという。
そこで研究チームは今回、こうした新型のスキルミオン結晶の低エネルギー励起の性質を調べるため、スーパーコンピュータ(スパコン)を用いた大規模数値シミュレーションを実施。数値シミュレーションには、局在電子スピン(磁気モーメント)と遍歴電子が相互作用する金属磁性体を記述する「近藤格子模型」と呼ばれる数理模型が用いられたという。
ちなみに今回の数値シミュレーションは、1万個以上の膨大な電子が持つスピンと電荷の自由度を、それらの量子力学的な性質まで考慮して理論的に取り扱う必要があったという。このような大規模な数値シミュレーションを実行するため、チェビシェフ多項式を用いた多項式展開法をベースに、いくつかの先進的な数値解析の手法を組み合わせた独自のプログラムコードが開発されたとする。
そうして開発されたプログラムコードを、東大物性研究所のスパコン上で約2万個のCPUコアを用いて実行。その結果、このスキルミオン結晶は、系の対称性を反映した「ゴールドストーンモード」と呼ばれる低エネルギーの集団励起モードが、2種類存在することが明らかになったという。
これら2種類のゴールドストーンモードのうち、片方は逆格子空間において原点付近で直線状の分散関係を持ち、もう片方は放物線状の分散関係を持つことも判明。外部磁場がない状態では、直線分散を持つゴールドストーンモードはスピンの励起が、放物線分散を持つゴールドストーンモードは電荷の励起が担っており、スピンと電荷の励起が完全に分離・独立していることが明らかにされた。
研究チームによると、今回の研究で明らかにされた、空間反転対称な磁性体中に現れる新型スキルミオン結晶が示すスピン励起と電荷励起のデカップリングは、スキルミオン結晶において「スピンと電荷のダイナミクスを個別かつ選択的に励起できる可能性」を示唆しているという。
また今回の研究成果は、スキルミオン結晶が秘める未知のデバイス機能や物質機能の開拓につながることが期待されるとしており、今回の「新型スキルミオン結晶のスピン・電荷励起の特異な性質」を活用したデバイス機能を開拓していくことが、産業応用に向けた今後の主要課題になるとしているほか、今回発見された現象を記述する、基礎的かつ一般的な理論の枠組みを構築することが、今後の研究展開の観点から重要だとしている。