アドビは6月30日、事業戦略説明会を開催した。代表取締役社長就任から1年を迎えた神谷知信氏は、「日本法人は今年3月に設立30周年を迎え、6月1日にはオフィスをリニューアルし、フルオープンした。2022年度の第2四半期の収益は43億9,000万ドルと、前年同期比15%増を達成した」と、同社の近況を説明した。
3つの主力クラウドサービスのビジネスはいずれも好調
同社は1年前に「心、おどる、デジタル」というビジョンを発表したが、神谷氏は「ユーザーが見たいコンテンツを提供すること、コンテンツを適切な人に届けることの2点が、デジタル体験には重要。われわれは、コンテンツとデータを分析するプラットフォームの双方を持っている点で強みを持っている」と述べた。
続いて、神谷氏は同社の主力となる3つのクラウドサービス「Adobe Creative Cloud」「Adobe Document Cloud」「Adobe Experience Cloud」の事業概況を紹介した。
「Adobe Creative Cloud」の2021年の収益は95億5,000万ドルで、前年比 23%増を達成した。神谷氏によると、同サービスがターゲットとするクリエイティブ市場は2024年には630億ドルに拡大する見込みであることから、同製品はさらなる成長が見込まれるという。
「Adobe Document Cloud」の2021年の収益は19億7,000万ドルで、前年比32%増を達成した。神谷氏によると、3つのクラウドで一番伸びているそうだ。同サービスがターゲットとしている文書電子化の市場は2024年には320億ドルに達することが見込まれるという。
マーケティングプラットフォームである「Adobe Experience Cloud」の2021年の収益は38億7,000万ドルで、前年比24%増を達成した。同サービスがターゲットとしている、顧客体験(CX)の提供を中心としたデジタルマーケティングの市場は2024年には1100億ドルに達することが見込まれるという。
日本のデジタルエコノミーの加速は待ったなし- 竹中平蔵氏
アドビは同日、日本社会が直面しているデジタル課題に対して、「デジタルエコノミー(デジタルテクノロジーやデータを活用した経済活動)の推進」「デジタルトラストの実現」「デジタル人材の育成」という3つの方針で取り組むことを発表した。これが、今後の同社の戦略といえる。
説明会では、同社のInternational Advisory Boardを務める竹中平蔵氏が、日本社会が抱えるデジタル社会の課題について解説を行った。
まず、竹中氏は「デジタルエコノミー」について、「日本のデジタルエコノミーは残念ながら、規制に阻まれており、これからの状態。であるからこそ、デジタル庁を作って政府も取り組んでいく姿勢を見せている。デジタルエコノミーは、国民の生活に直結している問題でもある。賃金が上がらないと言われているが、賃金を上げるには生産性を上げなければいけない。そして、生産性を上げるにはデジタルが必要となる。日本にとって、デジタルエコノミーの加速は重要であり、待ったなしの状況にある」と話した。
続いて、竹中氏は、DX(デジタルトランスフォーメーション)が語られる中で出てくるのが「デジタルトラスト」と指摘した。デジタル全体のトラストが世界全体の課題になっているという。
「デジタルトラスト」の具体的な課題としては、サイバーセキュリティ や個人情報の保護があるが、そうした中で出てくるのが「誰一人取り残さない(インクルーシブ)」だという。
竹中氏は「デジタルの利便性をすべての人に信頼をもって理解してもらう。そういう観点からも、民間が持っているテクノロジーをフルに活用して、トラストを築かないと、デジタルエコノミーも加速しない」と語った。
そして、「デジタル人材」については、「日本は主要国の後塵を拝しているが、さまざまな問題が背景にある」と、竹中氏は述べた。ただし、政府は骨太の方針として、人材を育てるために4000億円の予算を使うことを発表しており、企業の支援を受けながら、この予算を有効に使っていくことになる。
その施策として、地方に2万人のデジタルを推進する人材を置く計画があり、竹中氏は「企業の手を借りて、インクルーシブを推し進めることが大切。アドビにはその支援を期待したい」と語っていた。
デジタルエコノミー・トラスト・人材に注力
竹中氏の話を引き継いで、神谷氏は、「デジタルエコノミーの推進」「デジタルトラストの実現」「デジタル人材の育成」に関する施策を説明した。
「デジタルエコノミー」に関しては、あらゆる人のコンテンツ創出とデータ活用をテクノロジーで支援することで、その推進を目指す。そのの新たな取り組みとしてデジタルの力で個人商店や伝統文化を活性化するプロジェクトを展開する。
具体的には、下北沢で個人事業主のクリエイティブスキル強化を支援するとともに、伝統文化デジタル協議会と協同で日本の伝統文化を発信する。
神谷氏は、「昨年12月に、久しぶりの新製品としてAdobe Expressをリリースした。同製品は誰もが簡単にテンプレートを活用してコンテンツを作ることができるサービスで、無償であるため、中小企業にメリットをもたらす。Adobe Expressを使えば、中小企業も自分たちでブランディングが行える」と話した。
「デジタルトラスト」に関しては、クリエイティブ、デジタル文書、顧客体験(CX)の3つの分野において推進している。クリエイティブについては、デジタル作品の盗用やディープフェイクなどの問題にテクノロジーで対応するとともに業界を横断した「コンテンツ認証イニシアチブ」を組織し、750社以上の参加企業とともに取り組んでいる。
デジタル文書のセキュリティに関しては、PDFの開発元として、高い安全性と信頼性を備えるAdobe Document Cloudを提供している。
「デジタル人材」については、「一番難しい課題」と神谷氏は語った。今後の社会では新しい価値を創造する人材が必要とされているが、そうした人材にはクリエイティブが求められている。
そうした中、同社は「データを解釈し、課題を発見する能力」と「課題に対してアイディアを引き出し、形にする能力」を兼ね備えた「クリエイティブ デジタル リテラシー」を持つ人材の育成に取り組んできたことから、「世界を支える人材育成において、テクノロジーを通じて貢献できる」と、神谷氏は述べた。
今後、同社は社長直下の専門組織を設置し、デジタル人材の育成を加速することを目指す。また、小中高等学校の教育現場に加えて、社会人に対しても、「学び直し(リスキリング)」の場を提供するという。
また神谷氏は、「CXマネジメントに関して、どこから始めていいかわからないという企業も多い。そのため、われわれはCXの上流に当たる『アズイズ分析』に力を入れている。相談できるアドビとしての側面を 強化していきたい」と語っていた。