接客に長けた旅館の女将(おかみ)は、脳活動が一般の人と異なり、相手の特に怒った表情に敏速に反応することが、脳波の分析などから分かった。生理学研究所(愛知県岡崎市)のグループが発表した。精神や文化などの観点で捉えられてきた「おもてなし」の脳の働きを、初めて科学的に示した研究となったとしている。

客に心を尽くしつつ、その努力を感じさせずに応接する「おもてなし」は日本の文化とされるが、これに関わる脳の活動は未解明だった。そこで研究グループは「おもてなしに長けた人は、客の表情を認知する能力が高い」との仮説を立て検証に挑んだ。愛知県蒲郡(がまごおり)市の温泉旅館の女将21人と、年齢が一致する接客業未経験の女性19人を比べる実験を行った。

脳波の成分のうち、相手の顔を見て大きくなるものの代表例として、約0.17秒後に側頭部で起こる「N170成分」がある。またこれより約0.07秒早く、表情を含むどんな画像に対しても約0.1秒後に後頭部でみられる「P100成分」が知られている。

無表情、笑った顔、怒った顔の画像を見た際の、これら2つの脳波成分を計測した。その結果、女将は接客業未経験者に比べ、P100成分の反応が全般的に大きかった。怒った顔に対して最も反応が大きく、無表情への反応も比較的目立った。一般にはほぼ世界共通で笑った顔、怒った顔、無表情の順に反応が大きくなるといい、今回も接客業未経験者は同様の結果となった。しかし女将は怒った顔に最も大きく反応する一方、笑った顔にはさほど反応しなかった。このような集団は研究グループが知る限り、過去の研究ではなかったという。

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    脳波のP100成分。女将(おもてなし)は接客業未経験者(コントロール)に比べ、怒った顔や無表情に対する反応が大きかった(生理学研究所提供)

従来、表情の読み取りには主に0.17秒後のN170成分が重要と考えられてきた。しかし実験の結果、女将は0.1秒後と素早く、しかも怒った顔や無表情に鋭敏に反応することが分かった。これにより、相手の不満や不快感に即座に対応できると考えられる。

一方、N170成分ではそれぞれの表情に対し、女将と未経験者との間に有意の差はなかった。一般的には反応が0.1秒後に大きいと、その後もしばらく大きな反応が続く。これに対し、女将では早くも0.17秒後には小さくなった。ほとんどの女将が同じ傾向を示したという。これについて研究グループの柿木隆介名誉教授(脳神経内科学)は「極めてまれなこと。解釈は難しいが、周りの人に動揺を気づかれないよう、熟練により、無意識のうちに反応に抑制がかかっているのでは」とみる。

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    N170成分。有意な差はみられなかった(生理学研究所提供)

柿木氏は「おもてなしを精神論ではなく科学で示したかった。表情の認知だけではおもてなしを語り尽くせないが、非常に大きな要素だろう。女将さんは、表情認知の特別な能力を持つ世界的にもまれな存在。彼らの脳で起こっていることを、初めて明確に示せた」と述べている。表情の認知能力は、経験やトレーニングで変化することが知られており、今回の結果は、対人コミュニケーションのトレーニングなどへの応用も期待されるという。

成果は英科学誌「サイエンティフィックリポーツ」に14日に掲載された。

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