容姿端麗な女性は清廉な雰囲気と馥郁たる香りをまとっている。
これは筆者の勝手な妄想劇であるが、読者諸君も似つかわしいイメージを想像しているのではなかろうか。存在そのものが美しく、その場にいるだけで清涼剤にもなりうるのだ。
“高嶺の花”
女性に対してそう形容することもある。裏を返せば、高嶺に咲く花も同じように美しく艶やかであるのだ。人間の美しさを花に例えるという感性は、まさに花鳥風月を感じずにはいられない。
今回はそんな美しい感性に触れる研究を紹介しよう。
北海道大学大学院地球環境科学研究院の研究グループは、日本最大の高山生態系を有する北海道大雪山系で30年におよぶ高山植物の生態調査の結果、虫媒花植物の多くが他家受粉に特化していることを突きとめた。
つまり、虫に花粉を運ばせるために美しい花を咲かせているということだ。詳細は、学術誌「Ecological Research誌」に掲載されている。
高山植物には艶やかで美しい花を咲かせる植物が多く、これらは花粉を運ぶ昆虫を引き寄せるために進化したと考えられている。一方で、強風や低温などの厳しい気候環境に生息する昆虫は活性が低く受粉に失敗するケースも多いため、高山植物は自家受粉や無性生殖によって子孫を残し、集団を維持しているとも考えられていた。
そこで同研究では、実際に高山植物はどの程度他家受粉に頼っているのかを調べたのである。
北海道大雪山系の高山帯に生育する虫媒花高山植物について、開花時期、花粉媒介昆虫、結実率、繁殖システムの調査を30年にわたって行い、調査した植物は46種、合計117集団のデータが集まり、その解析を行った。
その結果、全体の85%に相当する種は、他家受粉だけで種子が作られており、また、自家受粉が可能な種についても、自殖子孫は集団の維持にほとんど貢献していないことが示された。すなわち、ほとんどの高山植物は他殖に特化しており、花粉媒介昆虫の影響を強く受けることが明らかになったのである。
また、地球上のさまざまな環境に生育する植物群集の平均的な傾向と比較しても、高山植物群集の他殖依存性は明らかに高いことが分かった。この結果から、厳しい環境に生育する高山植物は、鮮やかな花で昆虫を誘引し、他家受粉を促進することで子孫を残す繁殖特性に進化した可能性が示唆された。
また、高山植物を訪れる昆虫の61%はハエやアブなどのハエ目昆虫で、36%はマルハナバチ類※1であった。ハエ類は一般に送粉効率が低いと考えられているが、開花期間を通して訪花が観察された。一方でマルハナバチは花粉運搬能力が高い優れた送粉者であるが、働きバチが現れるのは季節の後半になってからであった。
送粉昆虫の季節性の違いは、ハエ媒花植物とハチ媒花植物の結実パターンに影響していた。また、ハエ媒花植物の結実率は明瞭な季節性は見られなかったが、ハチ媒花植物の結実率は、季節の進行に伴い増加した。
最後に研究グループは、気候変動による開花時期の変化は、昆虫と高山植物の共生関係を撹乱する可能性もあり、今後注視していく必要があるとした。
文中注釈
※1:ミツバチ科のハチで、コロニー(巣)を形成する。女王バチは単独で越冬し、初夏に営巣をはじめ、盛夏に働きバチが出現する。コロニーは秋に終焉し、新女王バチのみが越冬する年1化性(年に一度だけ孵化する)の生活サイクルを持つ。寒冷圏に適応したハチで、高山生態系やツンドラ生態系の重要な花粉媒介昆虫