NECはDX(デジタルトランスフォーメーション)を通じて、事業戦略やポートフォリオ、プロセスや組織、企業風土などの改革を進める「CX(コーポレートトランスフォーメーション)」に取り組んでいる。CX活動で得られた知見・ノウハウは、同社の技術や製品と組み合わせて「DXオファリング」として社外に提供し、企業のDXをサポートしていく方針だ。
2021年6月14日には、DXやCXの推進組織として「Transformation Office」を設立(2022年4月からコーポレートトランスフォーメーション部門へ部門変更)。現在はデータドリブン経営に向けた体制整備を進めつつ、基幹システムやデータプラットフォームなどのデジタル基盤の構築、働き方改革や組織活性化へのIT活用、セキュリティの高度化など、約230のDXプロジェクトに取り組んでいる。
DX推進組織の立ち上げから1年が経つ中で、社内のDXで取り組んだことやその成果、プロジェクトの今後をNECのDX推進担当に聞いた。
全社共通ダッシュボードでデータ共有とIT資産の見える化
NECは2008年からITインフラの整備をスタートした。当時、グローバルでの全体最適化を図るために社内基盤システムの統一プロジェクトを開始し、以後10年間をかけてグループ全体で1400以上あった社内システムを2022年6月14日時点で800まで削減した。また、基幹システムのSAP S/4HANA化・クラウド化やRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)などにより、業務時間削減(年間37万時間)やIT費用削減(年間のTCOを30%)も実現することができた。
2019年には、外部環境の変化やテクノロジーの進化を踏まえ、「サイロ化されたシステムのシンプル化」「『社内』と『ビジネス』の分断解消」「データに基づく経営判断」「アジャイルなカルチャー・リソース配置最適化」「グローバルガバナンスの強化」を自社の新た課題として整理した。
そのうえで、ITインフラだけでなく、制度、プロセス・組織、データ、人(働き方)も含めたCXを決定し、コーポレートトランスフォーメーション部門主導の下で、従業員の業務体験を向上させるデジタルワークフローの導入、データ活用のためのデータプラットフォームの整備、システム全体のモダナイゼーションを進めている。
ITインフラ面のDXの第一歩では、経営ダッシュボード「Management Cockpit」を導入した。Management Cockpitでは、会社全体および事業部別の活動状況を示す各種数値データのほか、社員の企業への愛着心や信頼関係を数値化したエンゲージメントスコアや四半期に一度のパルスサーベイ(従業員調査)スコアなどを全社共通のデジタルプラットフォーム上で確認できる。
経営会議では、参加者の各PCからManagement Cockpitにアクセスして各種データを参照できるため、従来実施していた紙の会議資料の作成が不要となった。また、データ連携がリアルタイムに行われるので、会議で利用する情報の“鮮度”が向上した。
併せて、社内のIT資産やデジタルツールなどの活用状況を可視化するための「ITダッシュボード」も導入した。同ダッシュボードでは、各種システムの稼働状況やデジタルワークプレースの利用状況、在宅勤務などのリモートアクセス状況などを閲覧できる。
同ダッシュボードでは、ITツールなどのデジタルテクノロジーの全社的な利用状況がわかるため、ツールの利用促進に向けた運用担当者と利用者間のコミュニケーションに生かしたり、利用部門ごとのテクノロジーの活用度を客観的に把握したりするのに役立っているそうだ。
キーパーソンを巻き込んでDX浸透、新ツールの利用促進
両ダッシュボードの導入では社内での利用促進が課題となった。確実な利用に結びつけるため、経営幹部は経営会議でのさまざまな説明で、率先してダッシュボードを活用することで定着を図っている。例えば、会議で使用するデータの取得や図表などのコンテンツは、ダッシュボードを利用して作成するよう指示を出すなどだ。また、社員の目に留まりやすいよう、全社ポータルサイトのトップページにダッシュボードのリンクを配置している。
新しいデジタルツールの導入と、それらを活用した社内のワークフローの変化という具体的な施策を進めるとともに、コーポレートトランスフォーメーション部門が同時に進めているのが「DXの方針の説明」と、「社内のキーパーソンへの協力依頼」だ
コーポレートトランスフォーメーション部門に所属し、IT戦略を担当しているNEC DX戦略統括オフィスの綿引征子氏は、「DXに取り組む理由については、社会的背景や業界の現状、NECの課題、目指す姿などを噛み砕いて説明する必要があると考え、複数回のシリーズ記事を作成して全社ポータルで配信した。ただ、一方的に考えを伝えるだけでは、なかなか伝わらないだろうとも思った。DXに向けた意識やそのための行動を全社に浸透させるためには、現場に近い各事業部で影響力のある方々からの理解と後押しが欠かせないと考え、私たちから積極的に働きかけ、話をする場を設けた」と明かした。
例えば、Transformation Office設立当時は本部長・事業部長と打ち合わせの場を設けて、DX推進の新設組織の目的を説明したり、課題意識を共有するために疑問点を受け付ける窓口を設けたりしたという。
加えて、コーポレートトランスフォーメーション部門では「クイックウィン(小さな成功)」の積み重ねを意識している。ダッシュボードの導入当初は、先行して利用した社内ユーザーの写真付きの体験記を全社ポータルで配信した。
「ダッシュボードに限らず、ツールは使われてこそ意味がある。企業内のDXだとしても、新規ユーザーの利用までのハードルを低くするには、利用者のリアルな声が必要だと思う。また、従来無かった変化を確認できると、『会社が変わってきている』『自分たちはこういう風に変わらなきゃいけないのか』という意識の変容につながると考えており、DX推進ではクイックウィンを重視している」と綿引氏は述べた。
2つのダッシュボードの導入以後、NECの社内データの閲覧数は従来から約6倍に増え、現在では平均して3000アクセス/日を維持しており、「データドリブン経営を全社に浸透していくきっかけになった」と綿引氏は評価した。
兼務での開発に限界感じ、CoEを設置して専任メンバー体制に移行
今回、NECが導入した2つのダッシュボードの開発にあたっては、AWS(Amazon Web Services)やMicrosoft Azureなどの複数のクラウドサービスを活用している。新たなサービスやツールの導入では、効率的な開発体制の構築が課題となる。NECでも本社での立ち上げ、開発、グループ会社への拡大の各フェーズで課題があった。
開発組織の立ち上げフェーズでは、クラウドサービスを基幹システムに適用する作業が発生したが、クラウドサービスでの開発経験者が不足していた。そのため、クラウドベンダー提供の基礎トレーニングを受講したり、アプリを試しに開発したりすることで経験値を積んだ。また、開発ガイドを作成して、メンバー全体の理解度向上も図った。
だが、メンバーの多くは他業務との兼務者なので開発体制の維持が難しい。そこで、開発フェーズでは、開発に必要なメンバーを集約したCoE(センターエクセレンス)を立ち上げて、メンバーの直接の上司や事業部長の承認の下で専任メンバー化を進めた。それでも足りない開発リソースは、クラウドベンダーとコンサルティング契約を締結し、開発人員や導入ノウハウのサポートを受けた。また、パートナー企業とニアショアやリモート開発の環境も整備していった。
拡大フェーズでは、開発体制が整って、グループ企業での導入が増えるのに伴ってアジャイルチームが生まれ、開発スピードやマネジメントなどのガバナンスが十分に機能しない状況が生まれた。開発が進むもののチェック体制が機能不全にならないよう、標準ガイドの拡張版として「標準開発プロセス」を整備した。
「これまで、リードタイムがかかることから、クラウドサービスを活用したデジタルワークフローの大規模開発やそのための投資を躊躇していた部門は少なくない。ダッシュボード導入プロジェクトの結果、開発組織の要件整合がスムーズになり、デリバリーまでのスピードも向上させられた、という成功体験を得た。今後は、社内の他のDX案件でも新規の開発が検討されるのではないか」と綿引氏は振り返った。