「我が国の研究力 科学技術立国の実現」と題した令和4年版科学技術・イノベーション白書を文部科学省がまとめ、政府が14日に閣議決定した。論文数の国際比較などにみられる日本の研究力低下の現状を整理して指摘し、課題を分析。強化のための、若手や女性を含む人材育成、研究環境の整備といった国の施策を解説した。研究成果を社会に生かすことによるイノベーションの創出や、文理融合による「総合知」を活用する未来社会を展望した。
研究時間の確保、重要課題に
白書は例年、2部構成。岸田文雄首相が昨年10月の所信表明演説で「成長戦略の第一の柱は、科学技術立国の実現」と表明。政府の現行の第6期科学技術・イノベーション基本計画も「世界最高水準の研究力を取り戻す」ことを掲げており、第1部はこれらを踏まえた特集とした。
第1章では、日本の研究力の現状と課題を解説。今世紀に入り、自然科学系ノーベル賞受賞者数で世界2位だが「必ずしも現在の研究力を示しているわけではない」と、まず指摘した。文科省科学技術・学術政策研究所(NISTEP)の調査で、論文数の順位が20年で2位から4位に、注目度の高い論文数でも4位から10位に低下したことなどを示した。これらを踏まえ「定量的な指標のみで判断できないが、状況は深刻に受け止めるべきだ」と提起した。
大学などの教員の調査では、研究時間の割合が低下する一方、教育や社会サービス活動の割合が上昇した。2018年の研究時間は02年と比べ約65%にとどまっており、「研究時間のマネジメントの重要性が一層高まっている」とした。研究時間の制約の具体的な要因として、教育と大学の運営業務を挙げる回答が多く、また研究資金不足を挙げる声も目立ったという。
研究の人材をめぐり、大学で40歳未満の若手の割合が長期に低下を続けていることや、女性は増加傾向にあるものの国際的に低水準であること、大学院博士課程入学者が2003年度をピークに減少傾向にあることなどを示した。
研究開発費は近年、大学や公的機関、企業で停滞している。このほか学生や研究者が海外で活動し“武者修行”を積む「国際頭脳循環」や、特許、技術貿易、産学連携の状況について解説した。
政策変遷、深まる未来社会像
第2章では日本の科学技術・イノベーション政策の変遷を説明した。1995年に科学技術基本法(2020年、科学技術・イノベーション基本法に改正)を制定。これに基づき科学技術(・イノベーション)基本計画を5年ごとに策定してきた。2016年度からの第5期計画では、仮想と現実の空間が高度に融合した人間中心の社会像「Society(ソサエティー)5.0」を提唱。昨年度からの第6期では、人文・社会科学と自然科学の融合による総合知による変革、イノベーション創出の考え方を加えた。
主な施策として独立行政法人、国立研究開発法人の創設や、最高水準の成果が特に見込まれる「特定国立研究開発法人」の指定を説明。国立大学の法人化、基盤的経費と競争的資金による「デュアルサポートシステム」に触れた。自由な発想の研究を支える「科学研究費助成事業(科研費)」、国の戦略の下で基礎研究を支える「戦略的創造研究推進事業」のほか、「世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)」などを挙げた。こうした事業の改善などを通じ、成果を最大化することが重要だとした。
10兆円「大学ファンド」で研究基盤支援
第3章は、第1章で指摘した研究力低下の問題を受ける形で、国の人材育成や、研究環境の整備の取り組みをまとめた。欧米の大学のファンド運用を参考に、国の資金を活用した10兆円規模の「大学ファンド」を創設し、「国際卓越研究大学」の研究基盤を支援する。地域の中核で特定分野に強い大学を支援する「総合振興パッケージ」なども説明した。
人材育成では、若手研究者の研究環境の抜本的強化や研究教育時間の確保、多様な進路の実現、博士課程の魅力向上の取り組みを始めたという。昨年度には、博士課程学生の経済支援や、博士の進路に関する大学支援を開始。女性研究者を育てるには、女子中高生に理工分野に興味を持ってもらうことが重要だとした。
子どもの特性や特異な才能を重視した学び、STEAM(スティーム=科学、技術、工学、芸術、数学の分野横断)教育を支える仕組みの確立、文理分断からの脱却、理数系の学びの性差の解消にも取り組むという。研究環境の整備や、来年度に完成を目指す次世代放射光施設(仙台市)、国際頭脳循環や国際共同研究の推進、留学や留学生の受け入れ促進なども解説した。
総合知…専門知をおろそかにしない、表層的な文理融合にしない
第4章では研究成果を社会に生かす取り組みを説明。国が野心的な目標を設定し、挑戦的な研究を推進する「ムーンショット型研究開発制度」では昨年9月、台風や豪雨の制御と、精神的に豊かな社会の実現に関する2つの目標が新たに決まった。分野横断の取り組みを産学官連携で推進する「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」は来年度に次期がスタートする。脱炭素社会に向けた技術開発などを支援する「グリーンイノベーション基金」、スタートアップ企業の支援、産学官連携の促進などにも触れた。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策、経済安全保障の取り組みも盛り込んだ。
政府の総合科学技術・イノベーション会議有識者議員懇談会は今年3月、総合知の基本的な考え方や推進について中間とりまとめを行った。専門知をおろそかにしないこと、表層的な文理融合にしないことなどの留意点も盛り込んだ。10年後にわが国の科学技術・イノベーションに携わる誰もが、意識せず総合知を活用する社会になることを目指す。総合知を活用し、一人一人の多様な幸せ(ウェルビーイング)を目指す取り組みの例も紹介した。
第2部は政府が昨年度に取り組んだ科学技術・イノベーションの振興策をまとめている。
各章には「どうして物理や数学を専攻する女性が少ないの?」「コロナ禍が地球環境にもたらした影響を探る」「情報サイト『サイエンスポータル』」など、興味深い情報をまとめたコラムを盛り込んだ。
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