国連は基礎科学の重要性および人類にもたらす貢献を周知するために、毎年テーマを制定しています。今年2022年は「国際ガラス年」に定められました。
国際ガラス年は、1年を通じて様々なイベントを行い、ガラスの功績を称えるとともに、有史以来最も重要な素材のひとつであるガラスについて焦点を当てます。今回の記事では、ガラスの誕生から、それが人の生活に重要な役割を果たしてきた歴史、さらにデジタル時代におけるイノベーションについて紹介します。
ガラス製造によって発展した人類の文明
ガラスの製造は、紀元前3000年頃にメソポタミアで始まったとされていますが、ガラスの歴史は長く、人類がいつどのようにガラス製造技術を獲得したのか正確には分かっていません。しかし、日常生活のいたるところに存在するガラスとそれを支えるガラス科学は、人類の文明にいくつものマイルストーンを打ち立ててきました。
13世紀に眼鏡が発明されたことにより、一般の人々が本を手にする機会が増え、欧州における科学進歩の土台が築かれました。14世紀には、より薄く平坦なガラスの製造が可能になり、そこから窓ガラスが生まれました。そして17世紀、望遠鏡の発明により、人々の万物への知的探究は宇宙という未知なる世界に広がっていきました。また、その後顕微鏡の開発によって、肉眼では見えない細胞やウイルス、細菌などの研究が可能になり、より健康的な生活を過ごすためのさまざまなワクチンや抗生物質の開発につながりました。
このように、人類の発展におけるマイルストーンを打ち立ててきたガラスは今、第4次産業革命といえるデジタル時代を牽引する重要な素材として注目を集めています。汎用性に優れるガラスは、家電から通信、建築、エネルギー関連に至るまで、あらゆる産業のあり方に変化をもたらしています。
固体? 液体? ガラスはユニークな素材
ガラスはなぜこれほど特別な素材なのでしょうか。簡単に説明すると、ガラスの大部分は砂に含まれるケイ素(シリカ)でできています。ケイ素は、地球上で酸素に次いで2番目に多い元素です。しかし、ガラスの原料はケイ素だけではありません。
科学者は、ケイ素と周期表上の他の元素を組み合わせることで、無数のガラス組成を開発してきました。ガラスは、周期表上の元素と無限の組み合わせが可能です。こうした特殊な組成のガラスは、日々のさまざまな用途に用いられています。
ガラスはさまざまなユニークな特性を有していますが、そのひとつが極めて優れた化学的安定性です。例えば、時間の経過とともに金属には錆が生じ、プラスチックは脆くなります。一方でガラスは、何千年も変わらぬ状態を保ち続けます。酸素分子が2週間で1mm厚のプラスチックを透過するのに対して、同じ酸素分子が厚さ1mmのシリカガラスを透過するには約5兆年かかると言われています。
中世に建造された大聖堂のステンドグラスは、何世紀にもわたる極微量のガラス流動によって、上部より下部の方がやや厚くなっている、という説が根強くあります。しかし実際は、当時のガラス製造技術が未熟でガラスの厚みが不均一だったためにガラスの厚い部分を下側にしていた、というだけの話なのです。また、ガラスは固体に見られる結晶構造を持たない、だからガラスは液体なのだ、と主張する人もいます。しかし、ガラスのように原子が規則正しく並んでいない固体は非晶質(アモルファス)固体と呼ばれています。非晶質個体は、構造的視点からすると結晶性固体(金属、鉱石、塩など)よりも液体に近いのですが、非晶質固体は流動しないので、固体であることに変わりはありません。ガラス科学者は、視認できるレベルでガラス窓の厚さが変化するまでには、地球の年齢の何倍もの間、重力がかかり続ける必要がある、と計算しています。
ガラスの優れた特性のひとつが、その「透明性」です。極めて高い透明性を誇るガラスは、光や電波の伝送を効率的に行うことができます。光通信技術では、ガラスの透明性が重要なカギとなります。通信革命を支える光通信技術を可能にした光ファイバーが、髪の毛一本よりも細い高純度ガラスファイバでできていることはあまり知られていません。光ファイバーに使われるガラスの透明性は純水の30倍、晴天日の大気にわずか1%及ばないレベルの透過率を誇ります。透明度が高く伝送時の光損失が少ない光ファイバーは、銅線に代わり、大陸や海を越えて世界を結び、私たちの生活に欠かせない通信ネットワークの基盤となりました。
ガラスはもはや「脆くない」?
一般的に「ガラスは脆い」と思われています。しかし、特殊な加工を施すことで、ガラスの耐傷性、耐久性を大幅に高めることが可能です。ガラスの強度は、理論上、15GPaを超えると言われています。この「パスカル(Pa)」という単位に馴染みのない方のために、別の表現をしてみましょう。圧力を「象何頭分」という尺度で考えてみると、1GPaの圧力は、なんと象1万頭分に相当します。ガラスの強度が理論上15GPa以上だとすれば、ガラスは非常に耐久性の高い素材である、と胸を張って言えるでしょう。
こうした特殊ガラスのひとつが、スマートフォンに用いられているGorilla Glassです。Gorilla Glass第一世代は、2007年のスマートフォンの発明と同時に発売されました。現在、Gorilla Glassは全世界80億台以上のデバイスに搭載され、人々が世界中でコミュニケーションを行い、情報にアクセスし、さまざまなコンテンツを楽しむ際の「窓」として役立っています。
Gorilla Glassの優れた耐傷性は イオン交換と呼ばれる化学強化プロセスによるものです。ガラスを約400℃の溶融塩槽に浸漬するとイオン交換が発生し、ガラス内の小さいナトリウムイオンが溶融塩中のより大きいカリウムイオンと置き換わります。カリウムイオンはガラス内部でより大きな体積を占有し、冷却時に互いに押し合うことでガラス表面に圧縮応力層が作られます。この化学的に強化された層によって、傷に強いガラス表面が生まれるのです(ガラス表面に並んだテニスボールが、バスケットボールに置き換わるようなイメージです)。
ガラス:デジタル時代を切り開く素材
最後に、非常に重要な点として、ガラスは汎用性が高く、芸術的・工学的観点からも大きな可能性を秘めています。固体から液体や気体へ急激に転移する素材とは異なり、ガラスの粘性は温度の上昇とともに少しずつ、連続的に減少していきます。そのため、成形や鋳造に適した粘度で様々な形状のガラスを創り出すことが可能なのです。
独自の特性を有するガラスは、デジタル時代を切り拓く重要な素材として注目されています。ガラスは優れた汎用性により、家電、通信、建築、エネルギー、バイオ工学、航空宇宙分野などあらゆる産業のあり方に変化をもたらしています。
ガラスは何千年も前から存在していましたが、科学分野においてガラスの活用が始まったのは350年前に過ぎません。つまり、ガラスは素材としてまだ大きな可能性を秘めているのです。ガラス科学者や技術者は、シリカと周期表上の様々な元素を組み合わせることによって、ガラス組成を無限に生み出すことができます。また、用途に応じて、その特性や性能を調整することも可能です。
人類の歴史の各節目で重要な役割を果たしてきたガラスは、今後もその特性や性能によって人々の生活向上をもたらす大きな可能性を有しています。2022年国際ガラス年を祝うとともに、ガラスが新たなイノベーションをもたらし、ガラス科学に有意義な発展が見られることを期待しています。