物質・材料研究機構(NIMS)は5月19日、温めて塗るだけで手術後の傷を治す医療用接着剤(ホットメルト組織接着剤)を開発したと発表した。
同成果は、NIMS 機能性材料研究拠点 ポリマー・バイオ分野の西口昭広主任研究員、同・田口哲志グループリーダーらの研究チームによるもの。詳細は、生体材料科学に関する分野全般を扱う学術誌「Acta Biomaterialia」に掲載された。
現在においても癒着や出血、炎症、感染などの術後合併症は、臨床上の大きな課題とされており、そのうちの1つである術後の生活の質の低下や在院延長、再手術の原因となってしまう術後癒着は、開腹手術を受けた患者の90%以上という高確率で発生するとされている。
この術後癒着を予防するための医療材料として、シート状材料や2液混合型スプレーがあるが、シート状材料は、凹凸のある組織表面に密着しづらいため組織接着性が低く、内視鏡下での操作性も低いという課題がある。
一方の2液混合型の組織接着剤は、創部の形状に依存せずに被覆でき、内視鏡下での操作性にも優れているが、化学反応による炎症反応が生じる可能性があるほか、溶液の調製工程が必要であったり、スプレーデバイスに起因する混合ムラが生じる可能性があるなどといった課題が存在するという。
こうした背景から、組織接着性・生体適合性・操作性に優れた、術後の合併症を予防可能な医療材料の開発が強く求められているのが現状であり、研究チームは今回、ゼラチンのゾル-ゲル転移温度を制御することで実現できる、1液型ホットメルト組織接着剤を開発することにしたという。
共有結合よりも弱い水素結合によって形成されるゼラチンは、温度に応答した可逆的なゾル-ゲル転移を示すことが知られているが、これまで使われてきたブタ皮ゼラチンのゾル-ゲル転移温度は32℃付近であり、体温で液体となってしまうため接着剤としては使用することができなかった。
そこで今回の研究では、ブタ腱由来ゼラチンに対して、「ウレイドピリミジノン基(UPy)」を導入することで、分子間水素結合を人工的に増強した「UPy腱ゼラチン」を合成することにしたという。導入するUPy基の数によって、ゼラチンのゾルーゲル転移温度を自在に制御することができ、加温によってゾル化し、体温でゲル化する「ホットメルト」特性を導入した組織接着剤が設計可能になるという。