私達はサツマイモの生命力を侮っていたかもしれない。
名古屋大学大学院生命農学研究科、広島大学大学院統合生命科学研究科らの研究グループは、サツマイモが痩せた土地での生育に適している謎の一端を解明した。
詳細は「Molecular Plant-Microbe Interactions」に掲載されている。
実はサツマイモは、江戸時代の飢餓や戦中戦後の食糧難の時代に痩せた土地でも育つ「救荒作物」として広く栽培されてきた。しかし、なぜ、サツマイモが痩せた土地でも健全に生育できるのかは解明されていない。
近年、サツマイモ(Ipomoea batatas)栽培品種ゲノムDNAから、植物病原性細菌類であるアグロバクテリウム由来の遺伝子配列が見つかった。
このアグロバクテリウムは、植物の地際部などに腫瘍を形成する病原菌で、病気を起こす際に病原菌自らの遺伝子を植物ゲノムに組み込む能力を有している。この能力は、人工的な植物遺伝子の導入に広く用いられている。また、サツマイモ以外にもお茶や、ピーナッツ、タバコなどの植物ゲノムにアグロバクテリウム由来のDNAが残っている。
サツマイモでは、調査された300近い栽培品種が、例外なくアグロバクテリウム由来の遺伝子を持っており、試算すると、およそ130~50万年前にアグロバクテリウムがサツマイモの祖先種に感染し、細菌の遺伝子が導入されたと推定されている。
通常、植物によって必要ない遺伝子は、進化や栽培化の過程で消滅する一方で、すべてのサツマイモ栽培種でアグロバクテリウム由来の遺伝子が残っていたということは、かつて病原菌から導入された遺伝子がサツマイモに有益な機能をもたらしている可能性がある。 そこで、同研究では、サツマイモが維持している病原菌由来遺伝子の機能解明を目指した研究を行った。
同研究では、サツマイモ栽培種のゲノムDNAから見つかったアグロバクテリウム由来の遺伝子のうち、糖-ホスホジエステルであるアグロシノピンの合成酵素(ACS)遺伝子に注目して解析を行った。
サツマイモのlbACS※1遺伝子が機能しているかどうか調査したところ、サツマイモの地上部/地下部の各組織で遺伝子の発現が検出された。つまり、アグロシノピン合成酵素lbACSが作られていることが示唆されたのだ。
そこで、lbACSの植物内における活性を調査するため、タバコにおいてlbACS遺伝子を異所発現し、生産される物質を特定した。その結果、lbACSがスクロースとL–アラビノースのホスホジエステルであるアグロシノピンA様の物質が検出された。
アグロシノピンは、アグロバクテリウムが植物に作らせる「餌」となる物質の一種で、ほとんどの微生物や植物は栄養として利用できない。同研究では、アグロシノピンAを利用できる他の微生物がいると仮定し、アグロシノピンAを生産するタバコの根圏の微生物相を調査した。その結果、アグロシノピンAの生産によって根圏の微生物相が大きく影響をうけることが示された。
その中でも、同研究で新たに単離したLeifsonia属の細菌は、アグロシノピンAを生産する植物の根圏のみで検出され、ゲノム解析の結果、アグロシノピンの分解と吸収に関与すると推定される遺伝子群を持っていることが明らかとなった。
以上の結果より、サツマイモの栽培種で維持されるlbACS遺伝子は、根圏の微生物相をコントロールする役割を果たしている可能性が示唆された。
現在、研究チームでは、IbACS遺伝子を失って生育が低下したサツマイモと、通常のサツマイモの根圏微生物相の比較により、サツマイモの貧栄養条件での生育を促進する微生物を探索しており、そのような微生物が単離されれば、農業への応用が期待できるとした。
文中注釈
※1:サツマイモ(Ipomoea batatas)のアグロシノピン合成酵素遺伝子(Agrocinopine synthase)。スクロースとL-アラビノースから、そのホスホジエステルであるアグロシノピンAを生合成する。サツマイモの祖先種にAgrobacterium属の病原菌が感染した際に、植物のゲノムDNAに取り込まれ、現在のすべてのサツマイモ栽培種に保存されている