農作物の種子は、食料生産だけでなく新品種開発においても必要となってくる。

国内では新品種を保護するために種苗法※1などの法律で開発者の権利が守られているほか、国際的な枠組みでも新品種開発と保護に関するUVOV条約※2を締結している。

さらに、新品種の育成に使用される遺伝子資源としての種子を円滑に取得できるよう、食料農業のための植物遺伝資源に関する国際条約ITPGRFA※3を締結し、協力体制を整えている。

しかし、このような国際条約が国内で実施されると、地域の特産物開発などの付加価値をつけたブランド作物を生産する地域間で緊張が走る可能性がある。一方、遺伝資源としての農作物種子に容易にアクセスできる環境は、新たな品種開発の重要なステップであり、利益を生む可能性も考えられる。

こうしたなか、地域での新品種開発を担う都道府県の公的研究機関は、どのような姿勢で遺伝資源の保護と共有に取り組んでいるのか。国際条約が目指す、遺伝資源としての種子の共有を重視するのか、あるいは産地形成のために共有はせず、種子の流出を抑制する動きをとっているのか。

その実態を把握するために、総合地球環境研究所(地球研)、龍谷大学らの研究グループは、都道府県を中心に、新品種開発や共有状況を調査した。

その結果、各都道府県が開発した新品種や育成のため収集した種子の入手、利用が、必ずしもアクセスしやすいわけではないことが分かった。すなわち、植物遺伝資源の取得を容易にするため国際条約を締結した政府の思惑と相反することが明らかになったという。

詳細は学術雑誌「International Journal of Agricultural Sustainability」に掲載されている。

研究グループは、まずITPGRFAとUPOV条約の国内実施状況を分析し、国がどのような方針や慣行に従って条約に臨んでいるかを調査した。次に、品種登録データベースによって、地方自治体の傾向を分析するとともに、アンケート調査を実施し、地方自治体の政策と実践を解明した。

そして国内種子を共有する「種子コモンズ」の構築の可能性を探ることとした。

まず、ITPGRFAとUPOV条約の国内実施状況を分析したところ、新品種が開発された後は、譲渡、収穫、品種開発という流れの中で、種子を遺伝資源として扱うか、生物資源として扱うかの二つの側面が生まれていることが明らかとなった。

  • 品種の開発から収穫物の生産までの流れと遺伝資源及び生物資源の両側面との関係について

    品種の開発から収穫物の生産までの流れと遺伝資源及び生物資源の両側面との関係について(出典:総合地球環境学研究所)

次に研究チームは、地方自治体による品種の開発状況、種子の配布の実態を約40年間のデータ及びアンケート調査結果を分析した。その結果、種苗法に基づく地方自治体の品種登録申請数について、北海道や長野のように過去40年間で200種以上の品種を開発している地方自治体がある一方で、滋賀や大阪のように同期間の品種登録申請数が10以下の地方自治体も確認された。なお、論文には記載していないが、具体的な品種は、北海道では、イネ(36種)、大豆(26種)、メロン(23種)などが目立ち、長野で大豆(25種)、ソルガム(20種)が多く、地域の特産物化を図り、産地形成を狙っている可能性が示唆された。

  • 1979年~2020年までの各地方自治体による品種登録出願数

    1979年~2020年までの各地方自治体による品種登録出願数(出典:総合地球環境学研究所)

育成品種の配布・制限に関するアンケート調査(複数回答)では、アンケートに回答した8割以上の地方自治体が、育成者権が付与された品種を「管轄内の生産者や生産拠点にのみ配布している」と回答。6割の地方自治体が、配布された品種の種子の再配布を制限しているという実態が明らかになった。

  • 登録品種を配布する場合に、制限している行為や条件

    登録品種を配布する場合に、制限している行為や条件(出典:総合地球環境学研究所)

今回の研究を通じ、各都道府県の開発した品種の登録数に差があること、開発品種の自家増殖(育種した作物から種子を採り、作物生産を目的に増やすこと)の制限よりも、他の管轄区域(都道府県)での使用を制限する公的機関が多いことが明らかとなった。

以上を踏まえると、地方自治体によって状況は異なるものの、収集した遺伝資源や、流通可能となった新品種をまとめて、種子を配布する場「種子コモンズ」を形成することもできると考えられる。

地域コミュニティレベルで種子を配布する海外とは異なるが、都道府県レベルで種子の配布を行う「コミュニティ・シード・バンク」のような機能を果たせる可能性もあると研究チームは指摘している。

文中注釈

※1:植物の種子や苗など新たに開発された品種の保護を定めた日本の法律。新品種を農林水産省に申請し、登録されることで、他の知的財産権同様の「育成者権」が保護され、登録品種は最長25年間(果樹などの永年作物は最長30年間)、開発者によって独占、排他的権利が認められる。

※2:「植物の新品種の保護に関する国際条約(The International Union for the Protection of New Varieties of Plants)」。植物の新品種について、商業販売を目的とする生産・販売の際に、新品種開発者の権利(育成者権)という知的財産権を保護することで、新品種の開発の促進や、公益性を担保するためのルールを取り決めた条約。

※3:「食料農業植物資源に関する国際条約(International Treaty on Plant Genetic Resources for Food and Agriculture)」。生物多様性条約と調整を図りつつ、食糧生産や農業に用いられる植物遺伝資源を各国が協力して保全、持続可能な利用、公益性を確保するために結ばれた国際条約。