日本には老舗と呼ばれるような企業が数多く存在している。長い時間の中で培われた技術やサービスは社会に広く受け入れられ、いつも同じようにそこにあることが強みになっている場合が多い。一方で現在はコンプライアンスやハラスメント、内部統制にSDGsの取り組みなど、これまでとは異なる視点での企業経営が求められる時代でもある。変革の時代を迎えるにあたり、伝統を持つ企業はどのように変化に向き合っていけばよいのだろうか。
1942年創業の産業機械メーカー・日阪製作所は、創業100周年に向けた長期ビジョンを策定し、昨年は新理念体系「HISAKA MIND」を構築して浸透に向けて取り組んでいる。その施策の一環として社内コミュニケーションに着目し、新たにITツールを導入したものの、一度目の導入では利用率が思うように上がらず、利用を一時停止。しかし、その後もう一度同じツールの活用に挑戦することを決め、リスタートさせたばかりだという。こうした選択は、どのような試行錯誤から生まれたのか。同社の働きがい支援室 蓮井恵一氏と、広報 上田幸奈氏にお話を伺った。
未来志向で変革するためにプロジェクトをスタート
日阪製作所は大阪に本社を構え、熱交換器や滅菌・殺菌装置、染色仕上機器やバルブといった産業機械の製造・販売を行う老舗企業だ。そんな同社の社風について蓮井氏は「良くも悪くも昭和的な村社会だった」と言う。事業内容に大きな変化はなく、社員の定着率も高い安定した環境だったそうだ。しかし、グローバル化や価値観の多様化といった時代の変化とともに、今後、企業としてどんな方向に向かっていくのか、現状の延長線上で良いのかという危機感が生まれた。そこで創業100周年(2042年)に向けた長期ビジョンを策定し、成長路線を目指すことを決めたのが2017年のことだ。
売上目標は300億から1000億へ、新規事業への着手といった成長拡大戦略を掲げ、中途採用を増やすなど、これまでとは異なる取り組みが始まった。その一方で、社内では“今のままで良いのに”という声や“拡大するだけで良いのか”といった意見も聞かれるようになった。さらに中途採用者からは「これまでの“日阪村”にはない考えが上がってくるようになりました」と蓮井氏は語る。
「ここでコンフリクトが起き始めました。我々の価値をどこに置き、何を判断基準とするのかが揺らいできたのです」(蓮井氏)
このような状況下で代表取締役社長 竹下好和氏は経営の判断軸を経営理念に置くことを決定。既存の経営理念を整理・集約し、シンプルで分かりやすい“全社員共通の価値基準”を確立することとなった。新しい理念体系を構築するにあたり、まずは本社部門の部長クラスが主体のコミュニケーション促進プロジェクトにて素案を作成し、それを基に社員アンケートが実施されたという。その背景について、蓮井氏は「自分が絡む、参加するというステップがあってこそ、社員が真剣に取り組みます。いかに皆が自分ごと化するか、そのためにアンケートという形で社員が理念再構築に携わる機会を提供しました」と説明する。
その後、素案とアンケート結果を基に新しい理念体系を再構築するためのプロジェクトが立ち上げられた。そのリーダーとなったのは管理職ではない、30代の女性。今回お話を伺った上田幸奈氏である。
実はアンケートには、「理念再構築プロジェクトに参加したい」「オファーがあれば参加したい」といった意欲を問う項目が加えられていた。それらの質問にイエスと答えた社員は全体の約1/4を占め、社員の関心の高さが感じられたという。上田氏も自ら手を挙げ、プロジェクトリーダーに選出された。
「(立ち上げにあたっては)はじめましてのメンバーが多数いました。そのため、スタートでしっかりと議論ができるようにするための安心感が必要だと考え、心理的安全性が保てるグランドルールを設定し、毎回のプロジェクトのスタート時に確認しました」(上田氏)
こうして2021年3月、社訓「誠心(まごころ)」を中心とした新しい理念体系が完成した。
いかに理念を浸透させるか? 着目したのは「社内コミュニケーション」
プロジェクトを進める過程では、理念体系を浸透させるための施策も検討された。その一つとして考えられたのがコミュニケーションツールの活用である。社内では理念そのものへの共感は得られていたものの、プロジェクトチームには「まだ行動の実態が伴っていない」という課題感があった。そこで白羽の矢が立ったのがピアボーナスサービス「Unipos」だ。同サービスでは、従業員同士で「貢献に対する称賛」のコメント投稿と少額のインセンティブを送り合うことができる。これを活用して、HISAKA MIND行動指針表彰「AG(Action Guideline)Awards」を展開し、新しい理念の認知度と実践度を向上させようと考えたのである。
実は蓮井氏は以前、社内コミュニケーションを円滑にするためにサンクスカードを配る取り組みを検討したことがあったという。しかし、多拠点かつ製造現場もある自社の環境や社風を考えると全員にカードの記入を促すのは現実効果的ではないと感じた。その点、Uniposであれば、自らコメントを投稿しないタイプの人でも、投稿に対する「拍手」のリアクションを送ることが可能で、「これならばできるのではないか」と感じたそうだ。同時期に、全社員へのスマートフォンの配布を進めていたこともあり、現場で働く社員でも使えるという点も選定の理由となった。
サービス利用の意図を込め、社内での呼称は「thanks」と命名。2020年9月の正式導入に際しては、社員向けに説明会や資料配布などを実施し、親しみを持ってもらうために上田氏自ら専用のロゴも作成した。利用スタイルについては、強制感が出ないように自由闊達に使えるようなスタンスにした。