旭化成は2021年5月、「デジタルの力で境界を越えてつながり、”すこやかなくらし”と”笑顔のあふれる地球の未来”を共に創る」という「DX Vision 2030」を策定し、DX(デジタルトランスフォーメーション)の対象業務を、個別業務から事業・経営全体に拡大させている。
旭化成 デジタル共創本部 DX経営推進センター DX企画管理部 部長 新屋弘紀氏は、「2021年の4月にデジタル共創本部というDXを推進する横断的組織が設立され、その発足時にロードマップを策定し、現在、これに沿って進めています。(ロードマップは)4期に分けており、『デジタル導入期』(2018~2020年)、『デジタル展開期』(2020~2022年)、『デジタル創造期』(2022~2024年)、『デジタルノーマル期』(2024~)となります。弊社は、2016年くらいからDXの活動を進めてきており、この間に400くらいのデジタルテーマに取り組んできました。また、デジタル専門人材の育成にも以前から取り組んできており、昨年からはデジタル人材4万人計画として、『DXオープンバッジ』という人材育成プログラムも開始しています。これからデジタル創造期に入り、事業変革、社会変革にDXで貢献していく、2024年以降はデジタルノーマル期に入って、会社全体、全従業員がデジタルを活用することが当たり前になるところまで行きましょうというのが計画です」と語る。
デジタル共創本部のミッションは「グループ全体でビジネスモデルを変革し、価値の創造をリード」「デジタルトランスフォーメーションを定着」「デジタルと競争による変革の加速」の3点だという。
デジタル共創本部の下には大きな組織が5つあり、インフォマティクス推進センターは研究開発領域のDXを推進する部署、スマートファクトリー推進センターは生産や製造領域のDXを推進する。IT統括部は一般企業の情報システム部門にあたるもので、既存システムの運用など、DX以外の業務も行う。
CXテクノロジー推進センターは営業やマーケティング領域のDXを推進する組織、DX経営推進センターは、グループDX経営戦略の立案・推進やGarage(=アジャイル開発+デザイン思考)によるビジネスモデルの変革、価値の創造をリードしていく組織となる。
「これまでは、研究開発や生産技術を中心にDXを進めてきましたが、昨年デジタル共創本部が発足して、営業やマーケティング部門のほか、サステナビリティの部分にもDXを使っていこうという段階になってきています。新しい事業を始める、ビジネスモデルを変えていくといった部分も伸ばそうと活動しています」(新屋氏)
オープンバッジ制度ではスキルを見える化することで、自律的・自発的な学習を促し、eラーニングを活用したデジタル技術基礎知識の段階的な習得を推進している。
「弊社は、事業部の軸が強いのですが、デジタル共創本部が横断組織となり、事業部をまたいだ、全社的なDXの取り組みを進めているところです。DXを進めるときには、全従業員のレベルが底上げされ、デジタル活用の意識を持ってもらうことが重要です。それにより組織の壁をなくし、みんなで一緒に取り組んでいくという組織風土を作りたいという想いが背景にあります。デジタル変革の成功要因には、人とデータ、組織風土の3点があります。これらを更なるデジタル活用のために強化し、加速していくことが必要です。DXオープンバッジというのは、この中の人と組織風土に対する取り組みの1つになります。デジタルの意味、技術について理解するリテラシーを向上し、底上げするという目的の自己啓発プログラムとなります」(新屋氏)
同社では、以前からデータサイエンスのプロ人材の育成は行っていたが、DXオープンバッジは、プロ人材の育成に加え、全社員を対象にしたリテラシー向上を図るために追加した人材育成プログラム。社内のeラーニングシステムにオリジナルの学習コンテンツを公開し、テスト合格者にはオープンバッジを付与するというものだ。
取得したオープンパッジはLinkedIn、メールフッター、名刺のロゴなど、さまざまな場所に貼り付けができるという。
DXオープンパッジプログラムは、以下のようにレベル1からレベル5まである。
レベル1:基本を理解している
レベル2:業務で活用するスキル・知識を理解している
レベル3:業務改善などに実際に活用することができる
レベル4:事業の競争優位力を強化することができる
レベル5:組織、事業の変革を牽引することができる
レベル1は新人向けを想定して用意されたもので全部で4コースあり、それぞれ15分程度で終わるようになっているという。
「レベル3が2023年に全員に到達してもらいたい到達点になります。レベル4、レベル5はプロのデジタル人材レベルということで、今年度から開始する予定ですが、データサイエンティストやデータ分析人材の育成プログラムと連動するような形で、これらと同等レベルのプログラムを考えています。これはeラーニングの学習、ハンズオン、また、実際の業務でのデジタル活用状況を確認して認定するようなプログラムを計画しています」(新屋氏)
現在、国内はレベル1とレベル2が終了し、レベル3を3月の中旬ぐらいから順次開講している。オープンパッジは海外も対象にしており、買収した会社は今後含めていくが、それ以外についてはレベル1が終わっているという。現在、レベル2に向けて7言語への翻訳をしている。
デジタル共創本部 DX経営推進センター DX企画管理部 柿本茂文氏は、「テクニカルなデジタル教育と違って、変革を進めていくための方法論みたいなものも講座の中に入れています。進め方やデジタルが大事だというマインドを持ってもらい、普段の業務で活用できるよう提供されるシステムやパソコンなどの基本的なことは使えるようになるレベルを目指しています。とくにレベル1やレベル2は、デジタルって何だろう、ITって何だろうというところから勉強してもらって、新しいことをやっていく、あるいは業務を改善して方法を変えていくときに、デジタルを使っていくのが重要だという意識を持ってもらうために設計しています。デジタルを活用して日頃の業務を効率化していくところも含めて、活用できる能力を持って日常の業務を進めていく、そういうレベルを目指しています。ExcelやWordのように普通に使いこなせるようになってもらえればと思います」と語る。
グループ全体では、レベル1の受講率が7割程度、レベル2は5割弱くらいだという。とくに、受講を促すような取り組みは行っていないが、受講者に対してアンケート調査は実施しており、その意見を反映させ、コンテンツの改善を図っているという。
また、従業員の受講したいという意識を高めることも課題だという。
「デジタル活用の組織風土を作っていくには、自主的にデジタルの勉強をするというのが、長い目で見たときに有効だということで、あえて任意にこだわって進めているプログラムになります。DXを自主的に進められる組織にするためには、強制的に行うと身に付かないと思います。そういう意味で、プログラムを受講したいという意識をどう上げるかは課題だと思います」(新屋氏)
また柿本氏は、DXを進める上ではデータ活用も課題だとした。
「DXを進めていく中の問題として、システムや業務のやり方が個別で、データがいろいろなところにあることもあります。人、データ、組織文化の3つが成功要因ですので、道のりは長いかもしれませんが、きちんとデータを整理して活用できるような形に持っていくことも大きな課題だと思います」(柿本氏)