サッポロホールディングス(サッポロHD)が「全社員DX人財化」という大胆な構想を掲げ、DX(デジタルトランスフォーメーション)に向けて具体的な取り組みに着手した。

DXの最終的なねらいは人材の育成だけではない。人材を起点に「会社の風土を変えていく」というトップの強い意志がある。同社のDXプロジェクトを推進するサッポロHD 経営企画部 兼 サッポロビール 改革推進部 グループリーダーの安西政晴氏に同社のDXプロジェクトについて話を聞いた。

  • サッポロホールディングスが策定した、サッポログループ全体のDX方針

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他人事ではなくなったDX・IT人材不足

サッポロHDの「全社員DX人財化」プロジェクトは、「全社員ステップ」「サポーターステップ」「リーダーステップ」の3ステップで研修を進めていくプログラムを基本とする。2022年のプログラムが終了したら、受講者からのフィードバックを反映しつつ、2023年以降も第2回、第3回とプログラムを重ねていく。

全社員ステップでは、約4000人のグループ全社員を対象に、DXとITの基礎をeラーニング形式で学んでもらう。そこからサポーターステップにステップアップしたい人を募って研修を進め、選定を経てリーダーステップへと進む構成となる。一般社員のDXを支援するサポーターを約500人、組織のDXをけん引できるリーダーを150人、合計650人程度育てる計画だ。

  • 「DX・IT人財育成プログラム」の全体像

2021年11月に発表されたサッポロビールにおける商品開発スキームへのAI(人工知能)活用など、サッポロHDでは非公開のプロジェクトも含めて、事業へのDX・IT活用をグループ全体で推進している。あらためて、「全社員にDXについて学んでもらう」というアプローチを採用した背景について、安西氏は次のように話す。

「世の中で話題になるDX・IT人材不足について、少し前までは正直なところ実感が無かったが、社内のDX案件がこの1年で倍増した。高度なデータ分析を必要としたものなど、案件そのものの複雑さや難易度も上がり、DXプロジェクトが回らない事態に直面するようになった。専門家のシミュレーションにより、当社が構想しているようなDXを実現するためには、今後2~3年で100~200人のDX・IT人材が必要と指摘され、新たな人材育成計画が急務と感じた」(安西氏)。

  • サッポロホールディングス 経営企画部 兼 サッポロビール 改革推進部 グループリーダー 安西政晴氏

当初は、ホールディングス傘下の事業会社ごとに人材育成を任せる案も出たが、これまで社内にいなかったスキル・知識を持つ人材を短期間に数百人単位で育成することは、各社にとっても未体験のプロジェクトとなる。サッポロHD 代表取締役社長の尾賀真城氏を含めて検討した結果、ホールディングスが主導する形でDX・IT人材の育成を進めることになったという。

「グループ内で人材交流を行い、DXを通じてグループシナジーを起こしていく際に、事業会社間でDX・IT人材のリソースやスキルなどで差が出るのも避けたかった」と安西氏。

2021年7月にホールディングス全体でIT人材の育成を進めるという方向性を決定し、2022年の年頭挨拶で社長の尾賀氏が「本格的にDXを進める」と告げた。2月には全社員ステップを開始するなど、サッポロHDはスピード感を意識してプロジェクトを展開している。

アセスメントを活用して社員の成長を見える化

自分が所属する部門のDX案件、さらには部門をまたいだ全社横断プロジェクトを進めることができるリーダーを150人育成することを最終的な目標に据えて、サッポロHDはエクサウィザーズのラーニングソリューションを導入した。

同社のソリューションでは、DXを推進するリーダーに必要なスキルと素養(ポテンシャル)がどの程度身に付いているか、「デジタル」と「イノベーティブ」の2軸で評価する。イノベーティブの観点では、質問力、発見力、ネットワーク力、実験力、関連づける力などのコアスキルのほか、ポジティブ精神、自己肯定感、好奇心、やり抜く意志などのポテンシャルを測定する。

  • 組織のDXに必要なデジタルスキルとポテンシャルを2軸で評価

サッポロHDが同ソリューションを導入した理由の1つが、ラーニングとアセスメントがセットになっている点だという。アセスメントによって、学習者がラーニングを通してどのように成長しているのか見える化できるうえ、業界別、役職別など相対的な比較ができる。サッポロHDでは、リーダーステップに進む選抜者を選ぶ際の中立的な選考にも生かそうと想定している。

2022年の2月から3月にかけて、全社員ステップのeラーニングを実施。その後、サポーターステップへ約600人もの応募があったそうだ。

「300人程度を想定していたところ、倍の人数の応募があったことに加え、年齢は20代から50代まで、職位は担当者から役員まで幅広い社員が、多くの部署から応募してくれたことに驚いた。トップによる宣言で『会社は本気だ』ということが伝わり、eラーニングを受けて『こういうことをやりたかった』と、DXに目覚めた社員が現れたからではないか。最先端IT技術を活用した取り組みに関心のある社員が、一定数いることがわかったので心強い」と安西氏は振り返った。

「研修の長期化」や「問い合わせ対応」など、見えてきた課題

その半面、見えてきた課題もある。DX研修の最終段階であるリーダーステップまで進む従業員は、総研修期間が9~10カ月と長期間かつ、研修拘束総時間も約24日間におよぶのだ。しかも、受講時期は、飲料メーカーにとっての繁忙期である夏を迎えることから、営業部門の従業員にとっては研修が重荷になりかねない。

現在、通常業務とのバランスをいかに取るかについて、経営幹部や人事部門と連携しながらフォロー体制の構築を進めているという。

このほか、研修内容のオンライン事前説明会を開催したところ、アクセス過多でオンライン会議ツールがフリーズしたり、eラーニング後にメールで質問を募ったところ、大量の質問メールが研修事務局に届いたりなど、思わぬハプニングも起こった。

説明会を都度行わなくても済むように、「全社員DX人財化」プロジェクトやそのための各種研修に関する専用のFAQページを企業ポータル内に作成して対応したという。

  • サッポロHDが企業ポータル内に設けた専用のFAQページ

現場・DX推進部門・ITベンダーの三位一体で新規事業を推進

2022年3月末に全社員ステップ研修の第1回が終了した。受講者アンケートには約1000人から回答があり、「DXがあらためてよくわかった」「流行語のDXについて、やっと腹落ちした」など、DXの理解促進につながった感想が多く集まったそうだ。

エクサウィザーズ DX人材育成プロダクト部 グループリーダー 伊藤広宣氏

サッポロHDの今回のプロジェクトに併走したエクサウィザーズ DX人材育成プロダクト部 グループリーダーの伊藤広宣氏は、「経営トップのコミットメントとメッセージ発信に始まり、全社でのリテラシー向上施策、DX人材の定義を明確化した上での人材選抜と、組織のDXをリードする人材の育成まで、重要なポイントを押さえられている点がサッポロHDのDXの特徴だ。今後こうした取り組みは業界を問わず増えていくのではないだろうか」と評した。

安西氏は、「会社が変わるうえでは、そこで働く人の意識が変わることが重要だ。まだ、道半ばではあるが、個人の変化も起こり始めており、DXに向けた施策の効果を実感している」と語った。

安西氏はサッポロHDだけでなく、サッポロビールのDX推進グループのトップも兼任している。将来的にDX・IT推進リーダーが育つことは、同部署にとっても心強いことだろう。

「AIを使った商品開発といっても、AI活用ができる人材は現状、サッポロビールのDX推進グループにしかいない。DX・IT人材の増加は、特定の部署や人材への業務の集中を改善することにもつながるはずだ。商品開発をはじめとした現場にもAIなどのDX・IT技術を理解する人がいて、我々のようなDXの専門部隊がおり、ITベンダー始めとした外部パートナーがいるという三位一体で新規事業を進めていける姿が理想だ」と安西氏は続けた。

サッポロHDは2022年中に、外部企業と自社の社員が交流できる「サッポロDXラボ」を立ち上げる。さらに、今後は複数のITベンダーやスタートアップ企業との協業体制も構築していく予定だ。