リコーは4月26日、デジタル技術を活用したインクルージョンプログラムの方向性を探るための有識者ダイアログを開催した。インクルージョンは、さまざまな価値観や特性を持った人が自分らしく一体感を持って働いているような状態を指す言葉だ。

今回の有識者会議では、インクルージョン活動を推進している有識者との意見交換によって、同社社員がインクルージョンに関する課題への理解を深めることを目的としている。同社が実施しているデジタル技術を活用したインクルージョンプログラムの方向性を検討し、さらなるプログラムの改善につなげる目的があるという。

  • 有識者ダイアログの様子

    有識者ダイアログの様子

今回の有識者ダイアログでは、主に若者の就労とデジタルを軸としたディスカッションが行われた。急速なデジタル社会化が進む現代において就労に困難を抱えている若者に対して、どのような支援で就労を後押しするのかが議論の中心だ。

東京大学先端科学技術研究センターの近藤武夫教授によると、全国の小中学生約945万人のうち61万人強(約6.5%)は書字障害をはじめとする学習障害や自閉スペクトラム症、注意欠陥多動症(ADHD)など、発達障害を持つと試算されているという。

同氏は、手書きでの文字筆記が困難ながらキーボード入力ではほかの人と変わらない文章が書ける生徒の例などに触れながら「ICTの発展によりインクルーシブ教育は支えることができる」と話した。

  • ICT機器を利用した教育支援の例

    ICT機器を利用した教育支援の例

  • ICTにより学習障壁を解消する工夫ができそうだ

    ICTにより学習障壁を解消する工夫ができそうだ

これまでの日本では発達障害の児童や生徒を、特別支援学級として通常学級から遠ざけてきた。GIGAスクール構想で1人1台の端末が行きわたった現代においては、書字障害や発達障害を持ちながらもほかの生徒と同一の授業が受けられる環境が整いつつある。

近藤氏は「本来であれば、GIGAスクール構想で配布された端末は筆記用具のように使われるべきである。現状は教員の指導に縛られてしまう場面もあるため、単に生徒に端末を持たせるだけではなく、誰もが自分の受けやすい環境で学習できる仕組みが必要」と述べていた。

  • 東京大学 先端科学技術研究センター 近藤武夫教授

    東京大学 先端科学技術研究センター 近藤武夫教授

育て上げネットの理事長を務める工藤啓氏は、これまで多くの若者の就労を支援してきた経験から「近年は教育と就労の垣根が低くなりつつあると感じる。ICT機器を当たり前に使うための教育やプログラミングなど、企業やNPO法人などが教育機関と連携して、教育から就労までを一気通貫で支援する仕組みは今後さらに加速するだろう」と述べた。

また、育て上げネットは無業状態(ニート)やひきこもり状態などで働きたいけれど働けずにいる若者の就労を支援しているが、近年は人材採用の観点から同法人を活用する企業も増えているという。そうした企業は、4年制大学からの新卒採用ではなく、10歳代で働く意思を持つ人を採用して育成するとのことだ。テクノロジー企業がサイバーセキュリティ担当者として採用するなど、採用コストが高い専門的な領域で特に顕著な動きのようだ。

また、工藤氏によると、近年の働き方改革やコロナ禍によるテレワークの普及によって、これまで家から出られないために働けなかった人材の活用も進んでいるそうだ。出社が不要だからこそ就労できた例も絶えないとしている。

リコーと育て上げネットは2021年より、デジタル社会の情報格差により就労に困難を抱える若者たちの支援を行う「若者向けデジタル支援プログラム」を実施している。同プログラムでは、就労が困難な若者に対して、リコーグループの社員が仮想的なワークプレイスを紹介するほか、画像制作案件における受注から納品までの業務を疑似的に体験トレーニングを提供している。デジタル技術だけでなく、成功体験の提供も目的としたプログラムだ。

スマートフォンやタブレット端末があれば基本的な日常生活や学生生活が送れる環境では、PCが使えない大学生も増えているのだという。また、経済的に厳しい家庭ほどPCの利用率が低いことも明らかになっており、家庭の状況によってキーボードを使って資料を作成したことがない若者にとっては、デジタル化の進展が就労へのハードルが上がる要因となっていることもある。このような状況に対して、両者はデジタル技術を使った働き方に対するイメージの醸成や自信の向上を支援している。

  • 有識者ダイアログの様子

    有識者ダイアログの様子

リコーはほかにも、生計を立てることが難しいインド農村部在住の女性アーティストを対象として、リコー独自の立体表現手法(2.5D写真印刷技術)とデジタルスキルの向上を支援するプログラムも展開している。インド国内のローカルアートが盛んな地域でデジタルスキルのトレーニングを提供し、制作した作品の販売も支援する取り組みだ。

  • 支援プログラムで作成されたアート

    支援プログラムで作成されたアート

リコーのプロフェッショナルサービス部でESGセンター所長を務める阿部哲嗣氏は「字が書けない生徒がデジタル技術によって素晴らしい文章を生み出せるのは驚いた。当社の製品ありきとした支援を考えるのではなく、かといって、若者の意見だけを反映させた支援にするのではなく、いろんな人が関わりながら支援の形を見出していかないといけないように感じた」とコメントしていた。

同社の創業精神「人を愛し 国を愛し 勤めを愛す」に表れているように、社会貢献は同社の遺伝子に刻まれた取り組みだ。同社は今後もデジタル技術を積極的に取り入れながらインクルージョンへの取り組みを加速させるという。