新型コロナウイルス感染症の流行が拡大して以来、私たちの生活は大きな変化を迎えた。友人との交流や労働環境などが多くの制限を受けた一方で、最新のテクノロジーが私たちにもたらした恩恵も少なくはない。
本稿では、ITやテクノロジー領域を中心に、新型コロナウイルス流行後のベンチャー企業の世界的なトレンドについて紹介したい。取材に応じてくれたのは、グローバルで事業会社のCVC(コーポレート・ベンチャーキャピタル)運営をサポートしている、ペガサス・テック・ベンチャーズの代表パートナー兼CEOを務めるAnis Uzzaman(アニス ウッザマン)氏だ。
2020年以降のスタートアップ投資トレンドは?
-- コロナ禍以降に投資が活発な領域を教えてください
Anis氏:2020年に新型コロナウイルス感染症が世界的に流行しました。一時期は経済活動が落ち込みましたが、サプライチェーン領域を中心に産業分野に投資が集中するようになりました。コロナ禍によって停滞した産業分野において、人が不要なプロセスをオートメーション化することで以前の作業効率に戻さなければならなかったからです。
現在も世界規模でサプライチェーンの見直しが進められており、特にAI(Artificial Intelligence:人工知能)とロボティクスの分野が急成長しています。スマートロボットを製造する東京大学発ベンチャーの「MUJIN」など、日本でもこうした企業が現れています。
また、当然のことながら医療領域のベンチャー企業も増加しています。特に非接触で医療サービスを受けられる、遠隔医療への需要が高まっています。遠隔医療の需要はパンデミック以前の4000%にまで増加しており、2020年前期にはVCからの投資額が6300憶円に到達しました。AIと医師による診断を提供する米国ベンチャー企業の「98point6」や、バーチャルアシスタントが症状を確認してくれるサービスの「Sensely」などが成長しています。
コロナ禍では学習も大きなトレンドになっていますね。世界中で子ども達が学校に集まれなくなっている中で、e-ラーニングの需要が高まりました。シリコンバレー発のベンチャーは数学や化学だけでなく、ヨガやバレエ、ドラムなど豊富なプログラムを提供して会員数を増やしています。インドの「BYJU'S」は低価格なオンライン授業を提供しており、時価総額は8800憶円を突破しアジアの中でもトップレベルのユニコーンへの成長しました。
日常生活の中では、買い物代行や宅配サービスなど「非接触型コマース」の動きが注目されています。フード宅配サービスを提供する「Postmates」はUberが約2860憶円で買収し話題になりました。元Googleのエンジニアが立ち上げた「Nuro」は、自動運転の技術で宅配サービスを開発するスタートアップで、非常にユニークです。
2021年以降は、グローバル規模で投資額そのものが大きく伸びているトレンドも特徴的です。2020年のアメリカでのVC(ベンチャーキャピタル)の総投資額は16兆円程度と試算されていますが、2021年にはこれが32兆円まで増えています。
コロナ禍以前の投資家は、起業家と何度も顔を合わせて面談をしなければ投資に踏み切れませんでした。新型コロナウイルスが流行し始めた当初は多くのVCが投資を控えましたが、オンラインでの面談やデューデリジェンスを経験し、これまで以上の活気が戻ってきたように感じます。投資のスタイルは変わりましたが、市場は活発です。
特にアメリカではコロナ禍でも投資額が全体的に増えていたので、パブリックマーケットは成長していました。このタイミングで注目されるようになったのが「SPAC(Special Purpose Acquisition Company:特別買収目的会社)」と呼ばれる企業の上場です。
-- SPACとは何ですか
Anis氏:SPACはよく「空箱」に例えられます。特定の事業を持たずに「空箱」の状態で株式公開により資金を調達し、その資金でベンチャー企業を買収して被買収会社と統合するからです。買収後は被買収企業の名前で取引され、ティッカーシンボルも被買収企業のものになります。日本でも注目され始めた仕組みですが、まだ国内では解禁されていません。
2021年は特にアメリカでSPACの上場が顕著に増加しました。2021年の第1四半期だけで、2020年の第4四半期の倍にまで件数が増えています。パブリックマーケットが全体的に順調に成長していたので、プライベートマーケットでの投資額も増えたのだと考えられます。ベンチャー企業への投資はEXITが重要ですが、SPACの上場が活発化したことでEXITまでの道のりが見えやすくなったため、投資額が膨れ上がったのでしょう。
2022年以降が期待されるベンチャー企業トレンドは?
-- 今後のベンチャー投資のトレンドはどうなるでしょうか
Anis氏:まずは何と言っても「メタバース」が輝くでしょう。メタバースによってVR(Virtual Reality:仮想現実)の世界の中で買い物や通勤、ゲーム、旅行などができるようになり、将来的にはもはや「メタバース空間で生きている」と言えるようになるはずです。
2020年のメタバースの市場規模は50兆円でしたが、2028年には83兆円に到達すると言われています。メタバースはインターネットを代替するインフラになる可能性を秘めており、世界中の投資家がこれを支える技術に注目しています。
旧FacebookがMetaへと社名を変更しメタバース事業に1兆円以上を投資すると表明しました。このように、多くの企業が独自のプラットフォームを構築し始めています。こうした環境では、それぞれのメタバース空間が、あたかも独自の国のように機能します。つまり、日本やオーストラリアなどどの国で活動するのかを決めるように、どの企業のメタバース空間で活動するのかを選択できるようになるということです。
今のところはお互いのメタバースを行き来できず、一度ログアウトしてから別のメタバースにログインし直す必要がありますが、将来的には相互のメタバース世界を自由に行き来できるようになるでしょう。
今年2月に、米銀行大手のJPMorgan Chaseが「Decentraland(ディセントラランド)」の仮想空間にラウンジを開き話題になりました。同じくDecentralandの土地が4億円弱で落札された例もあります。どの企業のメタバースが生き残るのか、そしてどの企業のメタバースが成長するのか、投資家は目を光らせています。
ここで驚くべきことに、メタバースを支える主要技術の特許件数を見ると、日本はアメリカに次いで第2位です。ゲームやアニメをはじめとする優良なコンテンツと高い技術力を持った日本企業ならではの活躍が期待されています。
-- ほかにはどのような領域に注目していますか
Anis氏:「NFT(非代替性トークン)」を取り巻くプラットフォームも面白いですね。NFTの市場規模は2021年にグローバルで4兆円に到達し、2025年までに8兆円に達すると予測されています。日本国内でも、マネックスやGMO、LINE、メルカリなど、プレイヤーが徐々に増えていますね。
また、「量子コンピュータ」などの高性能コンピューティングも今年のトレンドです。Googleが開発した「Sycamore」は現行のスーパーコンピュータの1億5800万倍の計算速度を持つと言われていて、従来は1万年かかると思われた計算を200秒で解いた実績があります。このような高性能な量子コンピュータの台頭により、細胞レベルのがん研究や宇宙開発、さきほど述べたメタバース世界の開発が飛躍的に進むでしょう。
既に、Google、IBM、マイクロソフト、アマゾン、アリババなどの大手プレイヤーによる量子コンピューティング分野の大規模な開発は進んでいます。ベンチャーにのみ着目してもRigetti Computing、D-Wave Systems、1Qbit、QCwareなど、多くの企業が活躍しています。量子コンピュータの市場規模は2035年までに100兆円に到達すると予測されています。
私が個人的に2022年に拡大すると思う5社を紹介します。IBMとマイクロソフトは大企業ですが、そのほかのQCI、XANADU、D-waveはベンチャー企業です。このうち、最も技術的に先行しているのはIBMですが、IBMと東京大学がタッグを組んだというのは、日本にとって嬉しいニュースではないでしょうか。
これに関連して、「宇宙開発」もこれから急成長するでしょう。一時期は落ち着きを見せていた宇宙開発分野ですが、近年また盛り上がってきています。Morgan Stanleyは2022年以降に宇宙産業が成長するとして、2040年までに宇宙産業による収益が100兆円を突破すると予測しています。
イーロン・マスク氏が設立したSpaceXは最も有名なベンチャーだと思いますが、そのほかにも元NASAの宇宙飛行士が創業したLEO LABSやカナダのGHGSATなど、ベンチャーの動きが活発です。
SpaceXはStarlink事業を進めています。この事業は国際電気通信連合(ITU)で承認された1万2000個の衛星を宇宙空間に配置して、宇宙にインターネット回線を作ろうとする試みであり、現在の海底ケーブルを介した通信よりも安価で高速なインターネット通信を利用できるようになると期待されています。