北海道大学(北大)と日本原子力研究開発機構(JAEA)は4月18日、「ワイル点」と呼ばれる特殊な電子状態を持つ酸化物磁石「ルテニウム酸ストロンチウム」(SrRuO3)において、電気による磁化反転に応用可能な新原理を実証したと発表した。

同成果は、北大大学院 情報科学研究院の山ノ内路彦准教授、JAEA 先端基礎研究センターの荒木康史 文部科学省卓越研究員、同・家田淳一研究主幹らの共同研究チームによるもの。詳細は、米科学誌「Science」系のオープンアクセスジャーナル「Science Advances」に掲載された。

磁石(磁化)の方向を情報の0、1に対応させて記憶する磁気メモリ(MRAM)は、不揮発性による低消費電力と高速性が注目されている。その動作には、電気的に磁石(磁化)の方向を書き換える電気的磁化反転が不可欠であり、電流による磁壁の移動を用いた磁化反転は、電気的磁化反転の候補と考えられているが、一般的な磁石においては、磁壁移動に要する電流が大きく、その省電力化が課題となっているという。

一方で、酸化物磁石のSrRuO3においては、一般的な磁石よりも1~2桁小さな電流で磁壁を移動できることが示されていたものの、その機構は良く分かっていなかったという。そこで研究チームは今回、磁壁移動に必要な電流を低減する手がかりをえるため、SrRuO3における電流による磁壁移動の機構解明を目的とした研究を行うことにしたという。

電流による磁壁移動の機構を解明する鍵となるのが、電流が磁壁に及ぼす有効磁場の温度依存性だという。一般に、磁石中に生成された磁壁に磁場を作用させると、磁場の向きにそろった磁石の領域が広がるように磁壁が移動する。SrRuO3においては、磁壁を通過するように電流を流すと、電流が磁壁に対して磁場と等価な有効磁場として作用し、電流の方向に磁壁が移動するとされている。SrRuO3における有効磁場は、ごく狭い温度範囲では従来原理による説明も可能だが、広い温度範囲になると従来原理では説明不可能になってしまうほど大きくなる兆候が認められており、その原因は長らくわかっていなかったという。

こうした背景のもと、特殊な電子状態であるワイル点を持つ磁石では、その電子状態に起因した新原理のトポロジカルホールトルク(新原理トルク)による有効磁場が磁壁に作用し、高効率に磁壁を移動できることが理論的に示されたことを受け、研究チームは今回、SrRuO3が異常ホール効果やそのほかの測定からワイル点を持つと考えられていることから、同酸化物磁石の磁壁にはこのワイル点に起因した新原理トルクが作用する可能性があることを推測。このとき、有効磁場の強さは特徴的な温度依存性を示すことが予想され、その観測により新原理の実証が可能となるとし、SrRuO3中に磁壁を形成するデバイスを作製。電流によって磁壁移動に必要な磁場がどのように変化をするかを調べ、電流が磁壁に及ぼす有効磁場を求めたほか、その有効磁場の温度依存性を広い温度範囲で詳細に調べることにしたとする。

  • 磁石の方向、磁化と情報(0、1)の対応関係の模式図

    (左上)磁石の方向、磁化と情報(0、1)の対応関係の模式図。(右上)電流による磁壁移動の模式図。(左下)磁場(左)と電流(右)による磁壁移動の模式図。(右下)トポロジカルホールトルクによる有効磁場と異常ホール効果の模式図 (出所:北大プレスリリースPDF)