2022年2月24日から始まったロシアのウクライナ侵攻は、いまなお終わりが見えない厳しい状況が続いている。
その影響は宇宙開発にもおよび、ロシアと欧米諸国が共同で進めていたさまざまな宇宙計画が中断や一時停止となっている。
そんな中、米ロが中心となって運用している国際宇宙ステーション(ISS)の行く末も不透明となっている。ロシア宇宙開発のトップを務めるドミトリー・ロゴージン氏は、ISSからの撤退を匂わすなど挑発。一方、仮にロシアが撤退しても、米国や日本などのみで運用が続けられる体制も整いつつある。
はたして、ロゴージン氏の挑発はどこまで本気なのか。そして、ISSの今後はどうなるのだろうか。
国際宇宙ステーションと米ロの貢献
国際宇宙ステーション(ISS)は、米国、日本、カナダ、欧州各国、そしてロシアが協力して建造した宇宙ステーションで、上空約400kmの軌道を周回している。
もともとの構想は1980年代の冷戦中に立ち上がり、米国や欧州、日本など、西側諸国の結束をアピールするための計画だったが、ソビエト連邦の解体、ロシア連邦の誕生により意義が変化。最終的にロシアも参画することになり、史上最大かつ最も複雑な国際科学プロジェクトになると同時に、国際協力と平和のシンボルにもなった。
ISSの建設は1998年から始まり、2011年に完成。その後もモジュールの追加などが行われるとともに、つねに7人前後の宇宙飛行士が滞在し続けている。
有人施設であるISSの運用にとって最も重要なのは、「宇宙飛行士の輸送」と「必要な水や空気、生活物資などの補給」、そして「軌道の維持」である。
有人施設である以上、人間が行き来できなければ意味がない。その人間が生きるために必要なものも欠けてはならない。そして、ISSは大気との抵抗などで徐々に軌道が下がるため、定期的にロケットエンジンを噴射して、軌道を持ち上げてあげなければならない。このどれかひとつでも途切れると、ISSで人は生きられず、運用もできなくなる。
現在、その大部分を担っているのが米国とロシアである。両国は有人宇宙船と無人補給船を運用しており、人や補給物資の輸送、そして軌道維持を提供している。
しかし、ロシアのウクライナ侵攻に対する欧米諸国からの経済制裁に反発し、ISSからロシアが抜ける可能性が出てきた。そしてロシアは、自らが抜けることで「ISSへの宇宙飛行士や補給物資の輸送、軌道維持ができなくなる」と脅し始めた。
ロゴージン氏の放言
その脅しの筆頭に立っているのが、ロシア国営宇宙企業「ロスコスモス」のドミトリー・ロゴージン総裁である。ロスコスモスは実質的にロシアの宇宙機関であり、すなわちロシアの宇宙開発のトップということになる。
ロゴージン氏は1963年生まれで、1997年から政治家を務め、2011年から2018年まで、メドヴェージェフ、プーチン政権のロシア副首相を務めた。その後、ロスコスモスの総裁(CEO)に就任し、現在に至っている。プーチン大統領の側近のひとりとして、今回の戦争におけるロシアの正当性を支持、主張。「ツイ廃」としても知られ、Twitterなどで過激な投稿を繰り返している。
ロゴージン氏の言い分は、主に以下の3点である。
- 米国や欧州、日本、カナダなどいわゆる西側が、ロスコスモス傘下にある宇宙企業(ロケット製造会社RKTsプログレスやミッション管制センターを運用するTsNIImashなど)に経済制裁を課したことで、補給船を積んだロケットの打ち上げや運用ができなくなる
- その結果として、ISSへの物資補給や軌道維持ができなくなるだろう
- このままでは、ISSは(北緯51.6度から南緯51.6度までの)欧米諸国の大部分の上空で大気圏に再突入し、破片が彼らの頭に降り注ぐ個ことになるかもしれない
なお、一部のメディアでは、「ロゴージン氏が『ISS“を落とす”』と発言した」と報じられたが、それは正しくない。ロゴージン氏はなにもコロニー落としをしようとしているのではなく、あくまで「欧米のせいで協力できなくなった結果、これまでロシアが担ってきた軌道維持ができなくなる」とし、「ロシアとしては不可抗力」であると主張しているのである。
ロゴージン氏はまず、TwitterやロシアのSNSであるVKontakteでこうした主張を展開。まさに「ツイ廃」の面目躍如たる仕事ぶりをみせている。
それと並行し、米国航空宇宙局(NASA)や欧州宇宙機関(ESA)などに「制裁を解除しなければISSへ協力できなくなる」旨を記した書簡も送っている。
しかし、満足できる回答が得られなかったことから、4月2日には「パートナーは制裁を解除するつもりはないようだ」とし、「ISSにおける米国、欧州などの宇宙機関との協力完了時期に関し、ロスコスモスでは具体的な提案を作成し、我が国の指導者(プーチン大統領)に報告する予定だ」と表明している。