IntelのCEOであるPat Gelsinger氏が先週、ひそかにプライベートジェット機で来日し、経済産業省の高官や自由民主党 半導体戦略推進議連の幹部らと面会した模様である。関係者によると、来日することも日本での要件や誰と会うかも事前も事後も一切公表されておらず、日本のメディアには気づかれることなくあっという間に去っていったという。

Gelsinger氏の極秘来日の背景を探る

Gelsinger氏の極秘来日の理由を探るために、まずは日本政府関係者の昨年末から今年初めにかけての公式の場での「半導体産業の国際連携」に関する発言を振り返っておく必要があるだろう。

萩生田経済産業大臣は、昨年12月の衆議院予算委員会で、真摯に反省しなければならぬ過去の経済産業省(経産省)の半導体政策として、「日の丸自前主義というべき国内企業再編に注力してしまい、有力な海外企業との国際連携を推進できなかった」点を挙げていた。

また、自民党の甘利明議員は、昨年末に東京で開催されたSEMICON Japan 2021の基調講演にて「日本は米国企業 -今はこの場で企業名は明らかにできないが- と協業して、そこの最先端技術を引き込んで、日本の強みの製造装置・材料技術を生かしてポスト3nmのハイエンドの最先端ファウンドリを日本国内に設置し、ミッシングピースを埋めなければならない。そのためには、今後10年間に7兆円から10兆円規模の資本投入が必要である」と述べていた。甘利議員は、この件で駐日米国大使とも話あっていることも明らかにしていた。

一方、経産省 商務情報政策局情報産業課長である西川和見氏は、今年初頭に東京で開催されたINTERNEPCON Japan 2022の基調講演にて、経産省が計画している半導体産業の復活戦略の第2段階(STEP 2)として、「次世代技術開発に向けた日米提携」を挙げ、提携先として具体的にIntelやIBMの名前を出した。これらの話を踏まえれば、Gelsinger氏と日本政府要人との今回の会談内容はおおよそ想像がつくであろう。甘利氏も10年後を想定しているようなので、Gelsinger氏と一回だけ面談したからといってすぐに何かが動き出すというわけではなかろう。

  • 経済産業省の半導体産業の復活戦略第2段階

    経済産業省の半導体産業の復活戦略第2段階 (出所:経済産業省一般公開資料)

インドへも電撃訪問、Modi首相と面会

Gelsinger氏は、自身のSNS(Twitter)にて日本訪問には一斉触れなかったにもかかわらず、4月6日夜にインドでNarendra Modi首相と面会したことは写真入りで即座にツイートした。これに対してModi首相は、「Gelsinger氏と技術、研究、イノベーションに関連した課題について素晴らしい議論ができた。同氏のインドに対する楽観視に敬意を表する」とのリプライを寄せた。

インドではModi首相が陣頭指揮して半導体産業誘致に乗り出しており、2021年12月15日に総額1兆2000億円にのぼる半導体産業補助制度を閣議決定し、Intelを含む世界の有力半導体企業にインド進出を要請している。インドの多くのメディアは、今回の訪問では、半導体工場誘致に関する何らかの話し合いが行われたとみている。

台湾への電撃訪問ではTSMC本社でトップ会談

さらにGelsinger氏は、日本、インドに次いで台湾も訪問。TSMCの経営陣とトップ会談を行った模様である。台湾は現在、新型コロナ感染拡大のため、入境を厳しく規制しているが、ビジネス目的の特例が適用されたようである。ただし、TSMCもIntelも、Gelsinger氏との会談の事実確認を含めて一切のコメントを避けている。

Gelsinger氏は、昨年(2021年)末にも、新型コロナの感染拡大で入境が厳しく規制される中、台湾を訪問し、TSMC経営陣とIntel向けGPU/CPUの生産委託や3nmプロセスの生産割当の拡大について隔離中のホテルで話し合ったといわれており、こんな短い間隔での再訪に台湾半導体関係者からは驚きの声がでている。

台湾メディアからは、Gelsinger氏とTSMCのトップ会談の目的として、「AMDに対抗するために現在不足しているサーバ用チップの注文」、「サーバの納期遅れの原因になっている10G LANチップ(成熟プロセス製品)の注文」、「今後の3nmや2nmプロセスの生産割当の拡大要請」、など、さまざまな憶測を伝えているが、IntelやTSMCは会談したことさえ公表していないので真相は闇の中である。しかし、ファウンドリビジネスでTSMCと競争をするはずのIntelが、さらにTSMCへの依存度を増すことになりそうなのは間違いないだろう。

なぜGelsinger氏は極秘アジア歴訪を行ったのか

Intelは、Gelsinger氏がアジア3国への駆け足出張したこと自体について2022年4月11日時点ではまったくといってよいほど公表していない。

同氏がインドを訪問し、Modi首相に会ったことは自身のSNSで明かしたのでインドのメディアは一斉にそれを伝えたが、会談の詳細な内容は明らかにされていない。また、台湾各紙も同氏の訪台を報じたものの、それ詳細な内容などについては把握できていない模様である。日本に至っては、筆者が調べた範囲ではあるが、Gelsinger氏の来日や日本での行動を国内メディアで報じているところはなかった。Gelsinger氏は、来日の際に日本の通信大手のCEOとも面会した模様だが、関係者はGelsinger氏との面談について口を閉ざしている。

なお、Gelsinger氏のTwitterでのつぶやきは、インドのModi首相と会ったことを報告した前後、日本と台湾訪問の日程部分が抜け落ちている。同氏のわずか数日の電撃的なアジア駆け足出張はすでに何事もなかったように終了している。