東京大学(東大)、早稲田大学(早大)、国立天文台、名古屋大学(名大)、鳥羽商船高等専門学校、筑波大学、オランダ・フローニンゲン大学、米・ハーバード&スミソニアン天体物理学センターの9者は4月7日、ビッグバンからわずか3億年後の135億光年彼方の宇宙に存在する明るい銀河の候補、「HD1」を発見したと発表した。
同成果は、東大 宇宙線研究所(ICRR) 宇宙基礎物理学研究部門の播金優一助教、早大 理工学術院先進理工学部の井上昭雄教授を中心とする国際共同研究チームによるもの。詳細は、米天体物理学専門誌「The Astrophysical Journal」に4月8日に掲載される予定だ。
最遠方銀河の観測は、初期宇宙において初代銀河がいつどのように形成されたのかを知る上で重要とされており、これまでの記録は、ハッブル宇宙望遠鏡が発見した134億光年彼方の「GN-z11」とされていた。これだけの距離が離れると、距離を算定するため、宇宙膨張により観測対象の銀河からの光がどれだけ引き伸ばされているかを表す赤方偏移の値が用いられ、GN-z11の場合はおよそz=11.0とされている。
しかし、この赤方偏移を用いる手法も、z=11.0付近が限界で、134億光年を超えてくると、ハッブル宇宙望遠鏡が観測可能な波長の限界である1.7μmを超えてしまうため、たとえば約135億光年彼方に銀河が存在していたとしても、その光を捉えることができないとされていた。
そこで研究チームは今回、ハッブル宇宙望遠鏡よりも長い波長をカバーしている地上望遠鏡の観測データを用いて、GN-z11よりも遠方の宇宙に存在する銀河を探査することにしたという。
ただし、一般的に遠方銀河は暗いものが多いことから、ハッブル望遠鏡に比べると感度が悪い地上の望遠鏡は遠方銀河探索には不向きと考えられており、GN-z11よりもさらに遠い銀河を探すのに、これまでは地上望遠鏡は用いられてこなかった。しかし研究チームは、最近の複数の研究結果から、明るい遠方銀河が存在するという仮説を立て、地上望遠鏡の画像データを使って135億光年彼方の銀河を探すことにしたという。
具体的には、すばる望遠鏡、VISTA望遠鏡、UK赤外線望遠鏡、スピッツァー宇宙望遠鏡の合計1200時間以上の観測によって得られた70万個以上の天体画像データを用意。銀河の探索条件を変えながら何度も画像データを調べ上げ、135億光年彼方の最遠方記録の候補となる銀河「HD1」を発見したとする。さらに、銀河のスペクトルモデルを使った詳細な解析から、HD1が135億年前の銀河だという解釈が最も妥当だという結論に至ったという。
しかし確証を得るためには、より正確な距離を測ることのできる分光観測が必要だとの判断から、酸素輝線を検出するためにアルマ望遠鏡による分光観測を実施。酸素輝線が予想される周波数に弱いシグナルが発見され、その有意度は99.99%だったとする。もしこのシグナルが本物なら、HD1は135億光年彼方に存在していることの証拠になるが、99.9999%の有意度がないと確証は持てないとする。その一方で、シグナルが弱いことは酸素が少ないことの証拠かもしれないともしており、HD1はできたての初代銀河のような性質を持つことが示されている可能性もあるとしている。
なお、これまでの銀河形成の理論モデルによれば、ビッグバン後わずか3億年の宇宙には、HD1のような明るい銀河は存在するとは予言されていなかったという。早ければビッグバンから約2億年後の暗黒時代の宇宙において、第1世代の超大質量星「ファーストスター」が初めて輝き始めたと考えられているが、HD1が135億年前の銀河であることが確定すれば、それからわずか1億年ほどで銀河が形成されたことになる。
HD1に関する観測的な情報は限られており、物理的な性質は謎に包まれている。非常に活発な星形成をしている銀河だと考えられているが、活動的なブラックホールだという説もあるという。
HD1はその天文学的な重要性が認められて、2021年末に打ち上げられたハッブル宇宙望遠鏡の後継とされるジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の第1期観測のターゲットに加えられている。同宇宙望遠鏡の分光器の1つ、NIRSpecにより分光観測が実施され、より正確な距離がる算出される予定となっている。