NECおよびNEC OncoImmunity(NECオンコイミュニティ)は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)および近縁種ウイルスを含む、ベータコロナウイルス属全般に有効な次世代ワクチンの開発を開始したと4月8日に発表した。
NECが持つ広範なウイルスに対する汎用ワクチンの設計技術
感染症流行対策イノベーション連合(CEPI)が公募した「ベータコロナウイルス属を広く予防するワクチンの開発」にNECが採択され、CEPIは、シードファンド(初期段階の投資)として、最大480万ドルを拠出。NECオンコイミュニティを通じて、欧州ワクチンイニシアチブ(EVI)やオスロ大学病院などが参加する研究コンソーシアムを主導し、ベータコロナウイルス属に対するmRNAワクチンの設計や、コンセプト実証を行うプロジェクトを開始するという。
NECのAIを用いたワクチン設計技術と知見をもとに、ベータコロナウイルス属全般に対して有効な新しいウイルス抗原を探索し、SARS-CoVやSARS-CoV-2、MERS-CoVなどの流行したベータコロナウイルスを用いた非臨床試験を実施し、有効性の高いウイルス抗原を選定し、ワクチン設計に活用する。
NEC AI創薬統括部長の北村哲氏は、「世界最先端のAI技術を創薬に応用し、抗体とT細胞の両アプローチによる広範なウイルスに対する汎用ワクチンの設計を行えることが、NECの特徴である。変異に強いことに加えて、T細胞のメモリ機能により、免疫が長期間持続することが期待できる。T細胞を活性化させるために、NECの高度な計算により、人種によって異なる広範な白血球型に対応し、世界人口をカバーすることを目指す」などとした。
NECでは、入手可能なベータコロナウイルス属のすべてのゲノムデータを解析し、T細胞おいては、人の免疫を活性化させる標的情報となるウイルス抗原をAIで予測。選び出した抗原の候補から、数理最適化技術を活用して、変異する部分を除外。
これにより、ワクチンの変異への対応力を強化。抗原と白血球の組み合わせに関する最適化問題を解き、人口カバー率を最大化するという。また、抗体を作り出すB細胞向けには、AIを活用したウイルス抗原予測を実施。ここでも変異する部門は排除することで、変異に強い特性を持たせる。このT細胞とB細胞における成果を組みあわせたものが、NECが開発する次世代ワクチンになるという。
NECの北村氏は、「スパイクタンパク質を対象とした現在のワクチンの課題は、約6カ月間の持続効果に留まること、変異に弱いことである。新型コロナウイルスのオリジナル株では95%あった発症予防効果が、オミクロン株では65%に落ち、2回目接種から20週間を経過すると効果は10%にまで落ちてしまう。そのため、ワクチンの作り直しや、追加接種の繰り返しが続くことになる。
T細胞のメモリ機能により、SARSでは10年以上、免疫が維持されたという報告もある。現在、新型コロナウイルスだけで650万以上のゲノムデータを蓄積しており、その他の100種類のコロナウイルスにもデータ蓄積を展開し、膨大なゲノムデータのなかから共通した免疫抗原を探し出すことになる。NECは、T細胞を誘導することで、癌化した細胞に作用するといった癌ワクチン用に開発した技術があり、これを応用することになる。NECは、2年前に次世代コロナワクチンを開発すると発表したが、この技術を活用し、CEPIとともに、安全、安心な世界を目指す」とした。
今後はCEPIと臨床試験を行う計画も
NECによると、今後18カ月で、ベータコロナウイルス属での共通の抗原を探索。その後6カ月間で免疫反応試験を実施。その結果を見て、CEPIとともに、非臨床試験および臨床試験に進む予定だという。
開発においては、日本のAI創薬統括部が指揮を執り、活動の主体はNECオンコイミュニティが行い、NECの欧州研究所、北米研究所のAI研究者も参画する。また、新型コロナウイルスに関する共同研究を行っているオスロ大学病院、ワクチンの開発実績があるEVIとコンソーシアムを形成し、活動を推進。オスロ大学病院やEVIでは、患者の血液を使った免疫反応試験も行うことになる。
さらに、非臨床試験および臨床試験を経たあとは、製薬会社とのパートナーリングによる継続開発を進めることになる。
開発の主体となるNECオンコイミュニティは、NECが2019年に買収したノルウェーの会社であり、免疫学の知識を背景にしたバイオインフォマティクスの専門家集団だ。とくに免疫反応を予測する抗原選択技術の領域では世界最先端であり、複数のAIを駆使し、最適な結果が得られるようなノウハウを蓄積しているのが特徴だという。
一方、CEPIが資金を拠出するワクチンは、公平にアクセスできることを原則としており、NECの成果は、このポリシーに従って公開されることになる。
NEC 取締役会長の遠藤信博氏は、「NECは、日本企業としては初めて、CEPIと共同で、ワーキングプログラムをスタートさせることになった。CEPIによるNECへの資金拠出は、NECの技術が世界のトップレベルにあることの証である。協業は深い自信を持って実行していく」と述べ、「NECは、AIを活用し、100種類以上の多種多様なコロナウイルスに対応するとともに、変異に強いワクチン開発を目指す。ワクチン開発のスピードと精度を向上させ、ICTを活用したイノベーションによってゲームチェンジを目指す」などとした。
CEPIでは、今回のアプローチによって有用性が示せた場合には、パンデミックを引き起こす未知の病原体を指すDisease Xを含んだ病原体に対しても、ワクチン開発が展開できると考えている。
CEPIのRichard Hatchett(リチャード・ハチェット)CEOは、「CEPIは、世界中の科学者や大学、企業と提携し、将来のパンデミックを防ぐための多様なワクチン技術の開発を進めている。新型コロナウイルスが人類を脅かす最後のコロナウイルスではない。もしも、新型コロナウイルスの感染性と、SARSやMERSなどが持っていた致死性を備えたコロナウイルスが出現すれば、世界中に壊滅的な影響を及ぼす。これに備えるべく、近年の科学の進歩を素早く採り入れる必要がある。
NECグループのAIによる革新的なワクチンデザインのアプローチに期待している。まだ早期の段階だが、大きな可能性を秘めている取り組みだ。この技術が実用的であることが示せれば、将来のコロナウイルスや、今後出現する他の病原体の脅威を減らし、世界を救えるだろう。日本はグローバルヘルスのリーダーである。NECを加え、より安全な世界の実現という共通の目標に向けて活動できることを楽しみにしている」と語った。
また、CEPIの科学アドバイザリーメンバーでもある東京大学 医科学研究所の石井健教授は、「NECの挑戦は、CEPI全体としても喜ばしい。NECが2020年4月時点で、新型コロナウイルスワクチンの開発の概要設計を完了したことを発表。彗星のように現れたことに驚いた。イノベーションが他の分野から起こることを目の当たりにした。今後のパンデミックはさらに厳しくなる可能性がある。AIを駆使した免疫学、感染症学が必須になる。NECの今後の取り組みも楽しみである」と述べた。
CEPI(Coalition for Epidemic Preparedness Innovations)は、2017年1月に、ダボス会議で発足したワクチン開発を行う製薬企業、研究機関に資金を拠出する国際基金で、日本、ノルウェー、ドイツ、英国、欧州委員会、オーストラリア、カナダ、ベルギー、ビル&メリンダ・ゲイツ財団、ウェルカム・トラストなどが拠出している。平時はエボラ出血熱のような世界規模での流行が生じる恐れのある感染症に対するワクチンの開発を促進し、現在は新型コロナウイルスに対するワクチン開発を支援。
モデルナやアストラゼネカとパートナーシップを組んでいる。今後、新たなパンデミックが発生しても100日以内にワクチンを完成させることを目標に掲げている。2022年2月には日本政府から、今後5年間で3億ドルの拠出を新たに行うことが発表されている。
会見に参加した厚生労働省 総括審議官の達谷窟庸野氏は、「日本政府は、CEPIの取り組みが、パンデミックという世界共通の課題に対して大きな役割を果たすと考えている。NECの最先端のAI技術を活用した次世代ワクチンの開発は、日本の企業として初めて採択されたものであり、グローバルヘルスへの貢献を期待している。厚生労働省としても、今後、CEPIからの日本企業への拠出が継続するような取り組みを行いたい」と述べた。
新型コロナウイルスの影響により、全世界の経済損失は3000兆円に達し、感染者数は4億9218万人、死者は615万人にのぼっている。
1900年代にはパンデッミクが3回発生したが、2000年代には20年間の間に4回のパンデミックが発生しており、このスピードが変わらないまま、脅威が繰り返されると見られている。
NECの遠藤会長は、「新型コロナウイルスは、速いスピードで地球全体に感染が広がり、人間社会の活動を3年間に渡って大きく抑制した。パンデミックへの対応を模索することになり、グローバルヘルスの重要性を強く認識することにもなった。将来のパンデミックに備え、迅速に対応できる強靭なヘルスケアプラットフォームの構築が急がれているのが世界の共通認識である」とした。
その上で「CEPIの公募内容は、最先端のAI技術を活用し、既存の方法では実現できない次のパンデミックに対応する次世代ワクチンの開発を実現することが目的である。NECは、20年以上前からAIを利用し、医薬品の開発を効率化する研究に取り組んできたが、当時はそれなりの効果があるとはわかっていたが、計算能力に制限があり、実用化には至らなかった。その後も粛々と研究を続け、2019年には定款を変更し、創薬事業に本格的に取り組んできた経緯がある。
すでに、AIを活用した癌ワクチンの開発にも実績があり、2021年11月には、NECが開発した個別化癌ワクチンが、免疫原性および臨床成績において良好な予備的データを得たことを発表している。AIによる創薬は、ICTの進歩が可能にしたものである。NECのICT力を活用し、目指すべき社会像を策定し、人間社会の持続性を目指す価値創造活動を実現する。創薬への取り組みは、時間がかかるため、まだ成果が出ていないが、方向感は間違っていない。NECにとって、今後の事業の大きな柱、社会貢献の柱になるという強い意志を持って取り組んでいる」と述べた。