広島大学と日本医療研究開発機構は4月7日、アミノ酸の一種である「細胞内メチオニン」(Met)の代謝物「S-アデノシルホモシステイン」(SAH)を餌として与えるだけで、パン酵母と線虫C.エレガンスの寿命が延長することを明らかにしたと発表した。
同成果は、広島大大学院 統合生命科学研究科の水沼正樹教授、同・益村晃司大学院生(日本学術振興会特別研究員DC1兼任)、同・古原優希大学院生、米・ハーバード大学医学部 ジョスリン糖尿病センターのキース・ブラックウェル教授、同・小川貴史研究員(日本学術振興会 海外特別研究員/広島大学博士研究員兼任)、酒類総合研究所の金井宗良主任研究員、慶應大学 先端生命科学研究所の曽我朋義教授、東京大学大学院 新領域創成科学研究科の大矢禎一教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、老年医学・老年学全般を扱うオープンアクセスジャーナル「Aging Cell」に掲載された。
カロリー制限は、モデル生物の長寿を促進し、加齢に伴う各疾患を予防する有効な介入方法として知られている。また、近年、別のモデル生物の寿命を延長するのに有効な介入方法として、アミノ酸の一種であるMetの制限が注目されるようになっているという。
Metを制限した餌を与えた、酵母、線虫、ハエ、ラット、マウスなどのモデル生物は、寿命の延長が確認されているほか、マウスを用いた研究から、Met制限により腫瘍の増殖を抑えられるなど、医学・医療分野への応用も期待されているという。しかし、Metは肉類・乳製品などさまざまな食品に多く含まれていることから、現実的には、低Met食を持続して摂取することは困難であり、手軽にMet制限を模倣することができる介入法が求められていた。
Met代謝系においてはまず、生体内でMetとアデノシン三リン酸(ATP)からメチル基供与体となるS-アデノシルメチオニン(SAM)が合成され、SAMのメチル基を供与後に生成されるのがSAHとなる。研究チームはこれまでの研究から、SAHを単細胞の酵母に与えると寿命が延長することを報告していたが、その仕組みや多細胞生物でも同じ効果が得られるかなどは不明だったという。
そこで今回、研究チームは、パン酵母に加え、寿命研究で数々のブレークスルーをもたらした多細胞生物の線虫C.エレガンスを用いて、SAHによる寿命延長メカニズムの解析を行うことにしたという。
具体的には、SAHの代謝への影響を調べることを目的にメタボローム解析が行われたところ、酵母の細胞内Met量が有意に減少することを発見(Met制限)したほか、SAHにより、Met制限で報告されている長寿効果である「TOR複合体1」(ラパマイシンの標的因子)の阻害と、オートファジーの誘導が起こることも確認したという。
また、線虫でもSAHによる寿命延長やMet制限の恩恵に加え、エネルギーセンサーの「AMPK」の活性化が誘導されるなど、健康寿命を延ばす効果の多くが得られることが確認されたという。
これらの結果を踏まえ研究チームでは、Met制限を誘導してMet制限の利益をもたらす新規介入法として、SAHが使用できることを提案したとする。
なお、SAHの健康効果は、マウスやヒトなど高等生物でも保存されていることが予想されるという。今回の発見は、ヒトにおいても、SAHによってMetの減少を促進することで、低Met食の恩恵を受けられる可能性を秘めているとする。
SAHは酵母の中でも清酒酵母に特に含まれているため、酒粕にも含まれる可能性もあるとのことで、ヒトで手軽に健康効果を得る手段として、高濃度のSAHを含む酵母を育種し、その酵母を利用した酒粕や、酵母を錠剤として摂取する方法も考えられるとしている。
また、SAHのような内因性代謝物の利用は、薬物などよりも安全性が高いと考えられており、加齢性疾患予防の現実的な方法の1つとなる可能性があるとしており、研究チームは今後、まずマウスでSAHの健康への効果を検証する予定としているほか、寿命制御の基本メカニズムの理解を深め、科学的エビデンスに基づいたヒトの健康長寿に資する創薬などに向けた基盤の確立へとつながることも期待されるとしている。