東北大学、科学技術振興機構(JST)、丸文財団の3者は4月5日、固体中のスピン中心の量子ビットとしての性能を決める「位相緩和時間(T2)」を支配する一般化スケーリング則を発見したと発表した。

同成果は、東北大 電気通信研究所の金井駿助教、同・大野英男教授(現・東北大総長)、米・シカゴ大学および米・アルゴンヌ研究所のデイビッド・D・オーシャロム教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米科学雑誌「米科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載された。

T2とは、量子情報を重ね合わせた際の保持可能な時間のことで、量子ビットとしての性能を決定づける重要な指標の1つとされており、シュレーディンガー方程式の時間発展計算により求められる。しかし、実際の材料でスピン中心と実効的に相互作用する核スピンは通常1000個以上あり、T2を求めるためには、21000×21000という巨大な行列計算が必要となり、実材料のT2は定量的な予測計算が不可能な量子物性とされていた。

そうした中、2008年に比較的小さな行列に分割し、分割した行列での計算を多数回繰り返すことでT2計算を実現しようという「クラスター相関展開」(CCE)と呼ばれる近似手法をT2計算に用いることが提案された。実際に、CCEにより得られたT2の計算値は過去に得られた実験値と近いことが報告され、CCE計算の有効性が広く認識されるようになりつつあるが、それでも1つの材料につき早ければ数分程度ながら、長いと数日を要するため、大規模な材料探索への応用には課題があったという。

今回、研究チームでは、単一の核スピンの集合からなる母体材料の場合、そのT2には核スピンの(1)スピン量子数、(2)g因子、(3)濃度、(4)電子スピン中心のg因子に対するスケーリング則が成立するという事実を発見。有限のスピン量子数を持つ125種の安定核種すべてのT2が、「核スピンのg因子×(スピン量子数)の0.66乗」というシンプルな代数式で表されることが判明し、核スピンの(1)スピン量子数と(2)g因子に対するスケーリングが示されることとなったという。

  • 単一核種により構成される材料におけるT2のスケーリング

    単一核種により構成される材料におけるT2のスケーリング。有限のスピン量子数を有する125種の核種について計算したT2が、核スピンのg因子とスピン量子数により単一のスケール則により表現されることが表された様子 (出所:プレスリリースPDF)

また、(3)核スピン濃度と(4)電子スピンg因子に対するスケーリング関係も明らかにされ、T2の核スピンの(1)スピン量子数、(2)g因子、(3)濃度および、(4)スピン中心のg因子による「一般化スケーリング則」へと拡張することに成功したとする。

しかし、大多数の物質は化合物であり、異なる核スピン間の相互作用を考慮する必要があるため、研究チームはさらに、化合物のT2を単一の核スピン集合のT2から簡単に構成する手法を構築。これにより石英(SiO2)の場合、スピンを持つ原子核として、29Siと17Oが存在しており、(1)同種の核スピンの相互作用のみ、(2)異種の核スピンの相互作用のみ、(3)すべての相互作用を加味した場合の3種類の量子状態の保持量を示す指標(コヒーレンス)の計算から、(1)と(3)がほぼ同じ傾向であり、量子状態の消失には、同種の核スピンの相互作用が支配的な影響を及ぼしていることが示され、材料に依存せず、比較的良い精度で化合物のT2を求めることが可能である重ね合わせの手法が示されることとなった。

  • 異種核スピン浴のデカップリング

    異種核スピン浴のデカップリング。(上)スピン中心周囲の核スピンからの相互作用のイメージ。(下)各相互作用を加味した際のスピン量子状態(コヒーレンス) (出所:プレスリリースPDF)

今回の手法は、これまでは行列計算を用いて、1つ当たり何日も掛けて計算してきたT2を、関数電卓や表計算ソフトのようなありふれたツールで、瞬時に誰でも計算できるようになることを意味するもので、今後の量子材料探索を加速させるブレイクスルーとなることが期待されると研究チームでは説明しており、実際に、天然存在比を持つ1万2000を超える安定物質についてT2の予測を実施したところ、比較的長い位相緩和時間の目安となる、1ミリ秒を超えるT2を持つと予測される材料が800種類以上存在することが判明。中でも、7割弱を占める酸化物は非常に多彩な機能性(物性制御の手法)を有することが知られる一方で、これまで固体中のスピン中心を構成する材料としては主流ではなかったことから、ダイヤモンドやSiCに続く優れた量子ビット材料が見つかる可能性も期待されるとしている。

  • スケーリング則を用いたT2予測の一例

    スケーリング則を用いたT2予測の一例。天然存在比を持つ1万2000物質について予測されたT2のうち、1ミリ秒を超える約800物質の分類 (出所:プレスリリースPDF)