AGCは1907年創業の素材メーカーで、建築用ガラス製造から事業をスタートし、高い技術力を生かして、耐火煉瓦やソーダ灰の製造へと事業を広げてきた。2018年に旭硝子からAGCに社名変更。現在はスマートフォンやタブレットのカバーガラス、EUV露光用フォトマスクブランクス(半導体製造に使用する部材)、合成医農薬、バイオ医薬品の製造も手掛けている。

同社は30を超える国と地域で事業を展開し、グループ従業員は約56,000名。海外売上比率が7割に達する、まさに巨大グローバル企業だ。積極的にDXを推進しており、「DX銘柄2020」や「DX注目企業2021」に選出されるなど、製造業界のDXをリードする存在として一目置かれている。

ともすれば革新が遅れがちな巨大グローバル企業でありながら、同社はどのようにDXを推進してきたのか。

2022年3月15日に開催された「TECH+フォーラム製造業DX Day 2022 Mar. 事業革新のプロセス」に、AGC取締役専務執行役員 CTOの倉田英之氏が登壇。同社のDXの取り組みについて語った。

  • AGC取締役専務執行役員 CTOの倉田英之氏

変革の鍵を握る“両利きの経営”

倉田氏によると、AGCはサステナビリティ経営の推進と事業ポートフォリオ変革を軸に企業価値を向上させ、2030年のありたい姿として「独自の素材・ソリューションの提供を通じてサステナブルな社会の実現に貢献するとともに継続的に成長・進化するエクセレントカンパニー」を掲げている。

その実現のポイントとなるのが、「両利きの経営」だ。

「コア事業により長期安定的な収益基盤を構築し、コア事業で得た資金を高成長分野である戦略事業に投資して、事業の創出・拡大を目指すのが“両利きの経営”です」(倉田氏)

すでにAGCは2025年の営業利益目標を大幅に上方修正し、2030年に向けて安定的にROE(Return On Equity:自己資本利益率)10%以上を達成していくことを目標に掲げている。また、事業活動を通じて、「安全・快適な都市インフラの実現への貢献」や、「安心・健康な暮らしの実現への貢献」といった5つの社会的価値の創出を目指しており、経済的価値と社会的価値の両面で成長を見込んでいるという。

「体制構築」と「人財育成制度」の二軸でDXを推進

こうしたAGCの成長と長期的な戦略の要となっているのがDXである。同社は中期経営計画「AGC plus-2023」において、「両利きの経営の追求」や「サステナビリティ経営の推進」と並ぶ重要戦略の1つに「DXの加速による競争力の強化」を位置付けており、デジタル技術を活用して自らを効率化するとともに、新しい組み合わせを実現することで社会的・経済的価値を創造することを目指している。

  • AGCのDXの取り組み領域

具体的な取り組みの流れとしては、次の3つのフェーズに分けられる。

まず、2017年から始まったフェーズ1では、主にDX実現に向けた基盤づくりが進められてきた。オペレーショナル・エクセレンス(業務オペレーションを磨き上げること)に取り組み、コスト削減やリードタイム圧縮などを実現してきた。

その上で、2020年からのフェーズ2では本格的なDXの取り組みを開始。素材メーカーとしての競争基盤の強化を行い、品質トレーサビリティ(追跡可能性)や素材・製品開発、商流・物流の変革などを行ってきた。

そして2022年からスタートしたのがフェーズ3だ。ここでは、サプライチェーンをまたいだ業務プロセス革新や、新しいビジネスモデルの創出を目指し、デジタル技術によるイノベーションを起こしていくのだという。

こうしたDXの取り組みを進める上で、重要なポイントになるのが「DX推進体制」の構築と「人財育成」である。

ハイブリッド型の組織体制でDXを推進

まずは、DX推進体制について。AGCにおけるDX推進体制の特徴と言えるのが、トップダウンと事業部門からの自律的・自発的活動のハイブリッドであることだ。経営トップ直下の経営企画本部に設置したDX推進部と、各事業部門のDX推進組織が連携してDXを推進していく体制になっている。

具体的には、コーポレートの各部門は、最新技術を獲得、進化させ、各事業部門のDXのサポート、協業を進めている。

例えば、情報システム部であればIT基盤の整備、生産技術部であればスマートファクトリー、先端基盤研究所であればデータサイエンティスト育成やデータ分析といった具合だ。その際には、各事業部門との連携も重要になる。

4段階の教育プログラムで人財を育成

人財育成については。AGCでは職務に適した多層的な人財育成制度として、4段階から成る教育プログラムを構築している。

  • AGCが導入した4段階での教育プログラム

2018年からスタートしたのが、展示会やセミナーを通してグループメンバーのデジタルマインドを底上げするプログラムだ。2021年には工場技能職向けにデータ利活用研修を導入し、生産現場のオペレーショナル・エクセレンス向上に努めるとともに、管理者向けのDX研修も開始。DX事業における戦略立案力の向上を目指している。2018年よりデータサイエンティストの育成にも着手し、業務知識とデータ解析の両スキルを持つ「二刀流人財」の育成を図ってきた。

実際に、こうした教育プログラムを受けた人財が自部門に戻り、AI技術を活用したシステムを開発した事例も出てきているという。