東京工業大学(東工大)は4月4日、多数の香りを分析して基本となる複数の香り要素20種類を選定し、「要素臭」として作成した上で、比率を変えて調合することにより、多様な香りを再現する「嗅覚ディスプレイ」技術を開発したと発表した。
同成果は、東工大 科学技術創成研究院の中本高道教授、同・大学 総合理工学研究科 知能システム科学専攻の伊関方晶大学院生(研究当時)らの研究チームによるもの。詳細は、電気学会の刊行するセンサやマイクロマシンなどを扱う欧文学術誌「論文誌E(センサ・マイクロマシン部門論文誌)」に掲載された。
人間の五感のうち、視覚・聴覚と比べると嗅覚はデジタル化が進んでいない感覚の1つとされている。香りに関しては、色の3原色のように7原臭説がかつて提案されたものの、現在では、それらを組み合わせることであらゆる香りを表現することは困難であるとされている。
そうした中、質量分析器による多数の精油の測定と、測定結果の多次元データ解析の結果に基づく要素臭の作成・調合によって、対象とするさまざまな香りを近似的に実現できることを示してきたのが中本教授らの研究チームである。しかし、従来は香料を液体レベルで調合する必要があったため、「香りの提示に時間がかかる」、「各要素臭もすぐに消費される」といった課題を抱えていたとのことで、この要素臭の調合による多様な香り再現の実用化のためには、たとえば気相中で香りの再現を行うなど、より扱いやすい方法が求められていたという。
そこで今回の研究では、視覚における3原色に相当する、多様な香りを再現するベースとなる香り要素を選定する作業として、185種類の精油を質量分析器で計測し、質量スペクトルを得た後、多次元データ解析の一手法である非負値行列因子分解法(NMF法)により、20の基底ベクトルを抽出。その後、各基底ベクトルに相当する基本となる香り要素が決定され、「要素臭」として、質量分析の計測対象とした185の精油を混合する形で作成された。
さらに、この要素臭を嗅覚ディスプレイによって霧状で射出・調合しながら提示することによって、香りの再現を行う仕組みも開発。20種類の要素臭は、多成分調合型の嗅覚ディスプレイにそれぞれセットされ、マイクロディスペンサにより香料の液滴を射出し、弾性表面波デバイスにより瞬時に霧化して体験者に香りが提示される仕組みを採用。マイクロディスペンサは、要素臭と同数設置され、各マイクロディスペンサの駆動周波数によってそれぞれの射出量(調合比)が決まるようにしたという。
実際に、代表的な7種類の精油(レモン、パルマローザ、キャロットシード、エレミ、ラベンダー、シプレー、メンタ・アルベンシス)の再現が行われ、再現された香り(近似臭)とオリジナルの香り(対象臭)との類似性を、三点識別法による官能検査(被験者数:18名)が行われた結果、以下のような評価を得たという。
- レモン(Citrus):8/18
- パルマローザ(Exotic):5/18
- キャロットシード(Spice):3/18
- エレミ(Resin):3/18
- ラベンダー(Floral):5/18
- シプレー(Woody):6/18
- メンタ・アルベンシス(Herb):9/18
識別率が低い、つまり近似臭と対象臭を嗅ぎ分けられなかった方が類似性が高いことを意味しており、評価された7種類の香りのうち、最も類似性が高いのがキャロットシード、低いのがメンタ・アルベンシスということとなった。
ただし、7種類すべての精油に関して、再現された近似臭とオリジナルの対象臭の間に有意差は見られなかったという(有意水準5%)。このことから、嗅覚ディスプレイを用いて要素臭を調合することにより、香りの再現ができることが示されたと研究チームでは説明している。
なお、研究チームでは今後、さらに多くの香りについて、要素臭同士の構成比を保存した香りライブラリを作成し、コンピュータからの指令によって、瞬時に多様な香りを発生できるようにすることを目指すとしている。