名古屋工業大学(名工大)、茨城大学、広島市立大学、日本原子力研究開発機構(JAEA)、J-PARCセンターの5者は4月4日、共同チームで開発・実用化した「白色中性子ホログラフィー」を用いて、次世代パワー半導体材料のSiCの微量添加元素であるホウ素(B)周辺の精密原子像取得に成功したと発表した。
同成果は、名工大大学院 工学研究科の林好一教授、茨城大大学院 理工学研究科の大山研司教授、広島市立大大学院 情報科学研究科の八方直久准教授、JAEA J-PARCセンターの原田正英主任研究員、同・及川健一主任研究員、同・稲村泰弘副主任研究員らの研究チームによるもの。詳細は、米物理学会が刊行する応用物理学を扱う学術誌「Applied Physics Letters」に掲載された。
電力の高効率利用に向けた次世代パワー半導体の研究開発が進められているが、そのうちの1つであるSiC(6H-SiC)の結晶構造は、6つの異なる結晶サイトを有し、従来のシリコン(Si)と比べると複雑な構造を持つ。そうしたSiC半導体に機能性を持たせた上で動作させるためには、不純物(ドーパント)であるBを微量添加させる必要があるが、6つのサイトのどこに入るかによって、半導体としての性質が変わる可能性があるとされており、ドーパントのサイト制御など、より高度な結晶育成技術が求められている。
しかし、Bや窒素などの軽元素のドーパントの適切な観測法が存在しておらず、どのサイトに入っているのか判別する手法がなかったという。そこで研究チームは、自ら開発・実用化した白色中性子線ホログラフィーを今回、6H-SiCに微量添加されたBの構造解析に適用してみることにしたという。
白色中性子ホログラフィーはさまざまな波長を持つ中性子を試料に照射し、元素特有のガンマ線を観測することによって、100枚以上の異なる波長のホログラムを一度に測定し、この“多重波長ホログラム”を数値的に処理することで、極めて精密な原子像を得ることを可能とする技術。今回の研究では、Bから放出されるガンマ線を測定することで、B周辺の原子配列を記録した多重波長ホログラムが測定されたという。
観測されたホログラムに対し数値的処理を施し、B周辺の原子像を再生してみたところ、中心座標(原点)にはBが存在しており、そこではBよりも下には多くの原子像が観測されるが、上には何も観測されないことが確認されたとする。この結果について研究チームでは、Bの直上には不連続な界面が存在していることを強く示唆するものであると説明している。
また、Bよりも下方の原子像を用いて、Bが占めるサイトの決定も実施。Bの6つの異なるサイトは、Siが本来占めるSi-h、Si-c1、Si-c2の3種類と、炭素(C)が本来占めるC-h、C-c1、C-c2の3種類であり、単一サイトにしかBが入らないという単純な状態にはならないことから、複数のサイトにBが入っていると仮定し、最急降下法と呼ばれる計算法を用いてサイトの占有率の割り出しをおこなったところ、Si-c2に37.5%、C-c2に61.4%のBが存在しており、ほかのサイトにはほとんど入らないことが判明。定量的に添加されたBの位置を決めることができることが確認されたとする。
研究チームによると、Si-c2およびC-c2は隣同士のサイトであり、そこに濃化してBが入っていることが考えられるとするほか、濃化したBが何らかの作用を与え、直上に不連続界面を形成させた可能性もあるとする。
なぜ直上なのかという点に関しては、SiC結晶の育成法である物理気相成長法(PVD)と関係していると見られており、Si-c2およびC-c2に入ったBの直上にSiまたは炭素が降り積もる際に、不連続界面が形成されたと考えられるとしている。
なお。今回対象とされたSiCパワー半導体以外にも、蓄電池、熱電材料、燃料電池といった現代社会に欠かせないデバイスを構成する素材において、Bのような軽元素が重要な役割を果たすと研究チームでは説明しており、白色中性子ホログラフィーはこれらの役割解明に近づくことができる測定技術であることから、今後、積極的に活用することで、軽元素を駆使して新規材料開発を目指した「軽元素戦略」にも貢献していくことが期待されるとしている。