東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)、国立がん研究センター(国がん)、理化学研究所(理研)の3者は4月5日、複数の放射性核種をプローブ(トレーサー)として用いた小動物生体内における分子イメージングにおいて、従来問題となっていた画像のノイズの課題を解決し、多核種を同時にかつ正確に画像化することに成功したと発表した。
同成果は、Kavli IPMU 特任助教兼国がん 先端医療開発センター(EPOC)外来研究員の柳下淳氏をはじめとする、Kavli IPMU、国がん EPOC、理研、JAXA宇宙科学研究所の研究者が参加した共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の医用生体工学を扱う学術誌「Nature Biomedical Engineering」に掲載された。
生物学実験において、動物の生体内における分子イメージングでは、組織に大部分が吸収されてしまうことから蛍光イメージングではなく、組織を透過しやすい放射線を発する放射性核種をプローブに用いたイメージングが用いられている。
放射線によるイメージングには主にポジトロン断層法(PET)と単一光子放射断層撮影(SPECT)があり、SPECTでは複数の放射性核種のプローブを用いることが可能だが、エネルギー(波長)が異なる放射線を区別するエネルギー分解能、画像のノイズとなるような放射線の混入、空間分解能などの問題があり、複数の放射性核種のプローブを用いた分子イメージングにおいては、鮮明で正確かつ精細な画像を得ることが難しいという課題があったという。
そうした背景のもと研究チームは今回、低エネルギー領域の放射線を用いた小動物生体内イメージングにおける従来の問題点を解決し、複数の放射性核種プローブを用いて鮮明・正確・精細な画像を得ることを目的に研究を進めることにしたという。
実験では、空間分解能が200μm程度となるように設計されたマルチピンホールコリメーター、および、高エネルギー分解能を有するテルル化カドミウム(CdTe)半導体検出器が搭載されたSPECT試作機であるプラナー(平面)イメージャーが撮像装置として用いられた。同撮像装置はKavli IPMUが中心となって開発されたもので、「IPMUイメージャー」と命名された。
またCdTe検出器は、JAXAのX線天文衛星「ひとみ」に搭載されていたものと質的に同一のもので、低エネルギーのX線に対し高いエネルギー分解能を有しており、これにより医療の臨床現場などで用いられているシンチレーション検出器に比べ複数の放射性核種を明瞭に区別することを可能にしたという。しかし、エネルギーが非常に近接した放射線や散乱線など、ほかの放射線源からの放射線の混入を完全に除去することは不可能であり、画像上のノイズや定量された放射線量の正確性に問題があった。
そのため研究チームでは、超新星残骸などの天体観測データの解析で用いられる「フィッティング」と呼ばれるスペクトル解析方法を採用。これにより、ほかの放射線源からの放射線も含め、検出されたすべての放射線の由来を同定したのちに、目的の放射線のみをイメージングすることで正確な定量性が保たれたノイズのない画像を取得することを試みたとする。
実際にマウスを用いた実験においては、「テクネチウム-99m」(99mTc)、「インジウム-111」(111In)、「ヨウ素-125」(125I)の3種類の放射性核種プローブが用いられた。それぞれのプローブは、12mm程度の大きさであるリンパ節および甲状腺に集積するようにされた(99mTcが耳近傍のリンパ節浅耳下腺リンパ節、111Inが顎の下のリンパ節下顎リンパ節、125Iが甲状腺にそれぞれ集積するようにされた)。
撮像の結果、得られたスペクトルから、核種からの放射線のほかにも蛍光X線や散乱線など、画像上のノイズとなる放射線が多く存在していることが確認されたものの、フィッティングで解析することで、それぞれの成分に分離・同定することに成功。開発された撮像装置による撮像に加え、フィッティングの解析手法を用いることで、各核種を同時にかつ正確に画像化することが実現されたとする。
なお研究チームでは今回、開発されたイメージング技術を用いることにより、生体内での現象をより詳しく観察することが可能となったとしているほか、今回はSPECT試作機での実験であったが、すでにフルスペックのSPECT撮像装置も完成しているとしており、今回の研究のイメージング技術を適用できる状態にあるとしている。また、今回の技術は、医学・生物学的研究への応用も可能なほか、臨床医学への応用も期待されるとしている。