トヨタ自動車は3月31日、分散型台帳技術(ブロックチェーン)を提供するスタートアップ企業のScalaと、グローバルな証拠採用ルールに基づいた電子データの証拠を保全する知財デジタルトランスフォーメーション (DX) プラットフォーム「Proof Chain of Evidence (PCE)」をMicrosoft Azure上に構築し、試験運用を開始したと発表した。

暗号資産と共に注目を集めたブロックチェーンだが、最近は、NFTの登場と共に再び、出番が増えている。トヨタ自動車はどのような狙いの下、ブロックチェーンを活用して、知財を管理するプラットフォームを立ち上げたのだろうか。

トヨタ自動車 知的財産部 車両技術知財室 室長 山室直樹氏は、「当社はモビリティカンパニーへの変革を進める中で、仲間づくり、安心安全、オープンを実現するため、ブロックチェーンに取り組んでいる。トヨタブロックチェーンラボにおいて、ブロックチェーンの導入を促進するとともに、効率の良い開発を推進している」と説明した。トヨタブロックチェーンラボはグループ会社によるバーチャル的な組織で、パートナーと協調して進めていくことを戦略としている。

  • トヨタ自動車 知的財産部 車両技術知財室 室長 山室直樹氏

山室氏は「PCE」を開発した背景について、次のように説明した。これまで知的財産は特許によって保護することが鉄則ではあるものの、特許を出して難しい状況によって難しい状況に追い込まれることもあり、特許化が好ましくないデータは、公開せずに秘匿管理をしていた。しかし、秘匿管理の手続きは複雑かつコストがかかるという。そこで、「何か手を打てないかと考えた。ブロックチェーンによって、従前から抱えていた課題が解決できるのではないかという話になった」(山室氏)

そこで、ブロックチェーンを活用したデータ保全プラットフォーム「PCE」を開発して、そこにデータを記録することで、複雑で高コストな、公証役場での手続きなしに、簡易にデータが自社オリジナルであることを証明可能になったそうだ。

  • 「Proof Chain of Evidence (PCE)」開発の背景

PCEは、記録した電子データに対して、「電子データがいつ存在していたのか」「電子データがどの順序で存在していたのか」「電子データが存在していた時点から、これまで改ざんされていないのか」について、10 年を超えて証明する。さらに、PCEはこれらの情報をグローバル (日本、中国、欧州、米国) で、裁判の証拠として提出できる形で保全する。

従来の方法で電子データの証拠を保全する際、紙の書面を公正証書役場に持ち込み、公証を取得するか、電子公証によってタイムスタンプを付与するという方法が採られてきた。しかし、日本国外では、各国の証拠提出ルールがあるため、追加で大使館認証を取得するなどの手続きが必要となる。

また、個々のファイルにタイムスタンプを付与する場合、10年の有効期限を迎える前に、新たにタイムスタンプを付与し直すなどの対応が必要だったという。

そこで PCEでは、クラウドであるMicrosoft Azure上のデータ保管サービスに保管された電子データの証拠を、ブロックチェーンであるScalar DLに記録し、記録した順序と記録された内容の改ざん検知を行う。

また、一連の証拠の連なりを証明する「証拠のチェーン」を形成する。この「証拠のチェーン」は、電子データ保管サービスに保管された電子データと、Scalar DL 内に記録された電子データの証拠 (電子データのハッシュ値) で形成され、Scalar DL内に記録された電子データの証拠は、電子データの登録・改訂の順序を維持した状態で保全される。

さらに、この Scalar DLが改ざんされていないことを証明するために、Scalar DL の証拠 (一連の電子データの証拠を記録したレコードの連なりの終端のハッシュ値) に対し、各国の裁判所が認めるトラストサービスを用いて、定期的にタイムスタンプを付与する。タイムスタンプが付与されると、タイムスタンプの証拠であるタイムスタンプ・トークンが生成され、これを Scalar DLに記録する。

  • 「Proof Chain of Evidence (PCE)」の仕組み

山室氏はPCEについて、「シンプルに出来上がっているシステム。世の中に同じシステムがなく、PoCの状態だが、実用に耐えうると思っている」と語った。

ScalarのCEO兼COOの深津航氏は、PCEの特徴として、「複数の地域・国での証拠能力の担保」「10年を超える長期の証明が可能」「保管・証拠生成・検証をシステム内で完結」「第三者証明が可能」を挙げた。

  • ScalarのCEO兼COOの深津航氏

深津氏は、今回の共創のポイントについて、「プロジェクトは3つのフェーズから構成されているが、第1フェーズがProof of Valueと、要素技術の検証から始まっているのが特徴。PCEはこの世に存在しない仕組みであり、そもそも、このようなことが可能なのかの検証からスタートした」と語った。

また、トヨタの山室氏はScalaとの共創について、「大事にしていたことは、ベンダーではなくパートナー探しをしていたこと。ベンダーというと、仕事を請け負うことになってしまう。新しい分野だからこそ、お互いの価値を生むことを大切にしていた」と話していた。

最近、DXに関する取材でよく聞く言葉が「パートナー」だ。これまで、ITベンダーとユーザ企業は一種の雇い雇われの関係にあったが、DXのプロジェクトにおいては、ベンダーとユーザー企業が同じ目線で取り組むことで、これまでにはないものを作り上げていくことができるのだという。

トヨタ自動車では今後、フェーズ2に進み、PECの社内実装を進めるとともに、有償のPoC先の開拓に着手する。最終段階のフェーズ3では、550万人に展開することを計画している。