広島大学と愛媛大学は3月28日、ビスマス(Bi)系III-V族半導体半金属混晶の1つで新奇な「ヒ化ガリウムビスマス(GaAsBi)」を分子線エピタキシー(MBE)法によって生成する際、半導体基板の温度を、180℃と250℃にそれぞれ設定するだけで、非晶質層と単結晶層を作り分けることに成功したと発表した。
同成果は、広島大大学院 先進理工系科学研究科の富永依里子准教授、広島大 ナノデバイス・バイオ融合科学研究所の西山文隆技術職員、愛媛大大学院 理工学研究科の石川史太郎准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、応用物理学会が刊行する学術誌「Applied Physics Express」に掲載された。
Biは原子半径がほかの元素に比べて大きく、GaAsやInAsのような旧来の半導体結晶に取り込むと、結晶の構成元素の周期配列を歪ませることから、数%取り込ませたGaAsBiやInAsBiのようなBi系III-V族半導体半金属混晶(Bi系III-V族半導体)では、「禁制帯幅が急激に小さくなる」、「価電子帯上端が高エネルギーシフトする」、「禁制帯幅の温度依存性が低減する」といった得意な物性を発現するほか、Biの大きなスピン軌道相互作用によって、価電子帯頂上とスプリットオフバンド間のエネルギーが大きくなることが知られていた。
そのためBi系III-V族半導体は、光通信用半導体レーザ、近赤外・中赤外光検出器、高効率太陽電池、スピントロニクスデバイスといった半導体デバイスへの新規応用が提案されている。しかし、GaAs系III-V族半導体の一般的な成長温度が600℃付近であるのに対し、Bi原子のGaAsなどの母体結晶への取り込みは400℃以下の生成温度である必要があり、その結果として、結晶欠陥が結晶内に形成されやすいという課題があったという。
そこで研究チームでは、そうした結晶欠陥を排除するのではなく活用するべく、結晶品質を劣化させ過ぎない程度に結晶欠陥を程よく結晶内に取り込むことで、THz波の発生検出特性を向上させた光伝導アンテナを実現できることに着目し、MBE法を用いたGaAsBiの低温領域での生成を行ってきたとする。
今回の研究の結果、GaAsBiのMBE成長時に使用するGaAs基板の温度を180℃に設定した際、GaAsBiを成長させるときに照射するGa、As、Biの各分子線のうちGaとAsの分子線量比率をGaとAsの原子数比に換算すると、その原子数比(NAs/NGa)が1を下回る場合、Biが試料表面に偏析し、均質なGaAsBiは成長できず、かつ試料の表面にGa液滴が形成されることが判明したという。
また、NAs/NGaが1より大きくなると、GaAs基板の温度が180℃の場合にはBiの組成に大きな揺らぎのない非晶質GaAsBiが堆積することが確認されたほか、基板の温度を250℃とした場合は、原子配列の乱れが極力少ない単結晶GaAsBiが得られることが判明したとする。
研究チームでは、低温成長であっても、成長表面のGaとAsの原子数を1:1に保つ必要性は従来のGaAs系半導体のMBE成長の基本原則と変わらず、その比率の範囲内でBiがGaAs結晶内に均一に取り込まれるMBE成長条件を選択することが重要だとしているほか、今回の研究成果として、NAs/NGaを適切に設定することで、基板温度を変化させるだけで非晶質層と単結晶層の作り分けが可能であることが示されたともしている。 なお、研究チームは、今回得られた低温成長GaAsBi試料とMBE成長条件を活用する形で、結晶内の点欠陥の密度や原子配置を明らかにする研究をすでに開始しているとのことで、今後、Biが低温成長中に発揮している効果ならびに結晶内の欠陥や原子分布が、GaAsBiの機能発現にどのように寄与しているのかなどの解明がが期待されるとしているほか、低温成長GaAsBiを用いて光伝導アンテナを作製し、THz波の発生検出特性を明らかにすることで、Bi系III-V族半導体の結晶欠陥を活用した半導体デバイス応用が展開されていくことも期待できるとしている。