東北大学大学院農学研究科は2021年9月に放射光生命農学センター(A-Sync)を研究科内に設置した。また、東北大の新青葉山キャンパス(仙台市青葉区)には、2023年度から稼働する計画の次世代放射光施設※1が建設中だ。
A-Syncのセンター長を務めている東北大大学院農学研究科の原田昌彦教授は「食・農領域などでの生命科学分野などの研究推進に向けて、1年後に稼働する次世代放射光施設を強力に活用する準備に余念がない。次世代放射光施設と農学研究科は約300メートルしか離れていないという好立地環境にあるからだ」と今後の次世代放射光施設の活用について語った。
建設中の次世代放射光施設は、2keV以下の低エネルギー領域の“軟X線領域”では、軽元素群のLi(リチウム)、C(炭素)、O(酸素)などからP(リン)、S(硫黄)などまでの軽元素群の分布や、さまざな機能に関係する電子状態の変化が見える点に強みを発揮する。
日本にある従来の大型放射光施設「Spring-8」(高輝度光科学研究センターが運営・管理、兵庫県佐用郡佐用町)での軟X線領域での観察に比べて、「次世代放射光施設は軽元素領域では100倍の輝度を持ち、生命科学での動的観察やその場観察ができるなどの優れた特徴を持っている」という。
次世代放射光施設は完成が約1年後に迫っているが、当然まだ利用できない。このため、実は農学研究科・放射光生命農学センターは稼働している大型放射光施設「Spring-8」を用いてすでに“軟X線領域”での生命科学などの研究を工夫して進めている。
今後のさまざまな研究内容を想定し、その研究の準備を着々と進めているといえる。
A-Syncは、この次世代放射光施設を利用した食・農領域での研究によってどんな生命科学が解明できるかを伝えるシンポジウム「量子ビームで創る新しい生命科学:X線からテラヘルツまで」(量子科学技術研究開発機構との共催)を、2022年1月22日に新青葉山キャンパス内で開催し、生体分子を生理環境下で分析できる科学面での意味を伝えた。食糧・食品事業などを手掛ける企業などとの食や農分野での産学連携などを進めたいと、学内・学外に強くアピールした※2。
このシンポジウムで、原田センター長は「生体分子複合体へのTHz光の作用:放射光利用と細胞機能操作の可能性」を講演し、食と農の未来に向けた研究内容を解説した。
原田センター長は高輝度放射光などの量子ビームを活用し、環境変化や外部からの摂動に応じて起こる細胞内生体分子の構造相転移のメカニズム解明を研究テーマの1つにしている。講演で解説した研究内容は「リン酸化などの科学修飾によって起こる機能性タンパク質の動態解明を目指した研究」という。
参考文献
※1 次世代放射光施設を整備・管理する中核組織は、一般財団法人光科学イノベーションセンター(仙台市)である。同センターは「次世代放射光施設とは、イノベーションを起こす巨大な顕微鏡である」と説明する。光科学イノベーションセンターの理事長は、高田昌樹・東北大総長特別補佐・教授が務めている。
参考URL:東北大、次世代放射光施設の特徴・性能などを解説するWeb講演会を開催
※2 次世代放射光施設を利用して、食や農分野の企業との産学連携を進めるために、仙台市経済局産業振興課は、2023年度(令和5年度)から本格稼働する東北大学の次世代放射光施設でイノベーション創出を目指す国内の中小事業者向けに「仙台市既存放射光施設活用事例創出事業」(通称は仙台市トライアルユース)を始めている。
参考URL:仙台市、既存放射光施設活用事例創出事業に参加する中小企業を募集中